炎色反応 第三章・19
「それを知ってるってことは、お前も覗き屋の一人か、レイネ」
だが、オルバンはレイネのにらみ付けなど物ともしない。
逆にからかうように言われ、彼はかっと顔を赤らめた。
「覗いてなどいません! ……あっ、あんな声を出させておいて、覗くも何もないでしょう!」
この人に自分のよがる声を聞かれていたのかと思うと、ティスもいっしょに顔を赤くした。
「ということは、聞いてたんだな。しかし、勝手にあんあん言ってるのはこいつだぞ」
オルバンは平気な顔でティスを指してなおも笑う。
「で? オレに一体何の用だ。ティスを貸せとでも言いたいのか」
からかいの言葉にレイネは目の縁を歪めたが、意外なことにそうです、と言った。
「そうです。貸して下さい。いいえ、返して下さいと言うべきでしょう」
レイネの右手の指にはまった水の精霊の宝石が輝き始める。
突然ティスの目の前に黒いものが被さって、足が宙に浮いた。
「えっ……うわっ!?」
オルバンが自分を抱え、横に飛んだのだと気付いたのは着地してからのことだ。
呆然としながらレイネの方を見やると、彼の指からはきらきらと光るまるで蜘蛛の糸のようなものが出て空中にゆらめく膜を作っている。
よく見れば、光る糸は細い水流だ。
それでティスを絡め取り、奪おうとしたのをオルバンが寸前で邪魔したのだろう。
「オルバン。あなたの乱行、各地で噂になっています。この間は村人を何人も火の力で焼き殺したと」
あの村の、酒場でのことだ。
ようやく忘れかけていたアインの絶叫が耳の奥に蘇り、ティスはぞっとした。
「今まではまだあなた一人のことで済んでいました。ですが、いい加減目に余ります。高き志を持ち死んでいったあなたのご両親に対し、恥ずかしいとは思わないのですか」
ぞっとしたのも束の間、思わぬレイネの言葉にティスは虚を突かれた。
オルバンの両親。
いや、魔法使いだって魔力を持っているだけで人間なのだ。
親がいなければ生まれて来れるはずがないのだが、彼の両親のことなんて今まで一度も想像したことがなかった。
おまけに高き志とは、一体どういうことだろうか。
「余計なことを知っているみたいだな、お前」
低いオルバンの声にまた彼を見たティスは、思わず黒い衣の端を掴んで固まってしまった。
金の瞳が燃えている。
やけくそのアインの言葉を聞いた時と同じ、もしくはそれ以上かもしれない。
このレイネという魔法使いは、オルバンの逆鱗に触れてしまったようだ。
オルバンは黙ってティスを離し、下がっているように命じた。
言われるままにティスが十歩ほど下がって木の陰に隠れると、オルバンはいきなりあの流星のような火を空中に生み出した。
十、二十、次々と増えていく光は順に尾を引いてレイネ目がけて走る。
レイネは素早く銀色の糸を引いた。
ゆらめく膜が彼の全身を取り囲み、それにぶつかったオルバンの力は小さな蒸発音を残して消えていく。
だがオルバンは、今度は拳大の火の塊を空中に生み出した。
「落火(らっか)の次は火星(ひぼし)ですか。さすがです」
今までティスは知らなかった技の名前を呼び、レイネは銀糸にかけた指先に力を込める。
「ですが、噂に聞くほどの実力の持ち主とはまだ思えない。本気でかかって来なさい、オルバン!」
挑発するレイネに、オルバンは黙ったまま火星というらしき大きな火の塊を向かわせた。
それは水の膜にぶつかる寸前で更に強く輝き、黄色っぽい炎を上げて膜に大穴を空ける。
まるで火が水を焼いているようだ。
レイネはさすがに慌てた顔をして、指輪を更に光らせ魔力を増強させた。
結果水の膜は修復され、火星も蒸発して消え去った。
しかしレイネは術を破られるとは思っていなかったらしく、白い顔が強張ってしまっている。
「どうした、オレの本気が見たいんじゃなかったのか? レイネ」
対するオルバンは余裕の表情だ。
「まだまだこんなもんじゃないぜ。せっかくだ、たっぷりオレという男を味わわせてやろうじゃないか。たっぷりとな」
挑発され返したレイネが水の膜の中で身構える。
オルバンもまた新たな技を繰り出すつもりらしく、指輪のはまった右手を掲げ同じく構えた。
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