炎色反応 第三章・20



「……すごい………」
ティスはただ、火の魔法使い対水の魔法使いの戦いに見入っている。
かすかな感嘆の声を上げる少年の方を見ないまま、オルバンはレイネにこう聞いた。
「返せ、なんて言っているが、お前もしかするとこいつの知り合いにでも奪還を頼まれたのか?」
どきっとして、ティスは胸に手を当ててしまった。
両親。
イーリック。
まさか彼らがこのレイネという魔法使いに、自分を取り戻してくれないかと頼んだのだろうか。
「いいえ。私はただ、あなたの蛮行を見逃せないだけです」
レイネはあっさりオルバンの台詞を否定した。
「我々水の長き願いである、人と魔法使いの共存をあなたたち火はいつも邪魔をする。中でもオルバン、あなたのやっていることは正気の沙汰とも思えません。わざわざ人の少年をさらった挙句、奴隷のように扱うなど!」
本気の怒りに、彼の華奢な肩はぶるぶると震えていた。
「それも人目に付かぬようにするならまだしも、犯罪を誘発するような真似までする始末。これ以上あなたに愚かな振る舞いをさせ、その少年をつらい目に遭わせるわけにはいきません。ですからずっと、機会を伺っていたのです」
要するに彼は、水の魔法使いとして火の魔法使いの無体を見逃せないらしい。
偶然どこかでオルバンのやっていることを知り、怒りに燃えて彼を止めようとここまで探して来たのだろう。
「大した執念だ。ふん、そうだな、見た目は実にいいんだが」
じろじろと、オルバンは不躾な視線をレイネに浴びせる。
「だが残念だな、レイネ」
大して残念でもなさそうに彼は言った。
「オレは人間に尻尾を振る、お前ら水の魔法使いが大嫌いなんだよ」
冷たく吐き捨てたオルバンの目の前にまた火星が現れる。
それも一つや二つではない。
先ほどの落火と呼ばれる光の粒を生み出したように、オルバンはその数十倍の大きさの火をたやすく数十ほども作り出して見せた。
「なっ……」
絶句したレイネが、必死に水の膜に力を送り込み始める。
「安心しろよ。殺しはしないさ」
オルバンがせせら笑う声が、火星が飛んでいくひゅっ、ひゅっという音に混じった。
「お前、色々情報を持っているようじゃないか。寄り合い好きのじじいやばばあが今何を考えているのか、教えてもらおう」
「…………長たちを、そんな風に言うなッ!」
とうとう敬語を守り切れなくなったレイネの指輪が、一層壮絶な光を放った。
もう銀の糸とは表現しきれない、太い水の束が水の膜の内側に現れた。
オルバンに対抗するように何十本も並んだそれは、例えるなら水で出来た短剣だ。
全ての切っ先は黒衣の男に向いている。
二つの力が今にもぶつかり合おうとしている、正に、その瞬間の出来事だった。
ティスの足先がまた宙に浮く。
横合いから突然戦場に走り込んできた影が、彼を抱きかかえてそのまま走り出した。
声を上げることも出来ない。
衝撃に身動き出来ないまま、ティスはなすすべもなくその場から連れ去られた。


***

見知らぬ宿の、見知らぬベッドの上に、ティスはどうすることも出来ずに座っている。
いつもオルバンといっしょに泊まる宿に比べると、ずいぶん狭くて家具の質も悪い部屋だ。
従業員たちもどこか訳あり顔で、こんな夜中に突然現れた客に妙な顔をすることもなかった。
だがティスは、従業員などより今は連れの方がよほど理解出来ないように感じられていた。
「ティス、寒いのかい?」
もう一つのベッドの上で、荷物を広げて路銀の確認をしているらしいイーリック。
昼間、オルバンとレイネが争っていたあの場所より彼は自分をさらって逃げた。


←19へ   21へ→
←topへ