炎色反応 第三章・21
村に戻ったものとばかり思っていたが、諦めていなかったようだ。
自分たちが宿を離れるのを見つけ、後をつけて来ていたのだろう。
そしてレイネの登場に探していた機会を見出し、いきなりティスを抱えて走り去った。
途中からは乗り合い馬車まで使って、このうらぶれた宿についたのはとっぷりと日も暮れたころのことだ。
あの後魔法使いたちの戦いがどうなったかは不明だが、今のところ追って来るような様子はない。
レイネは自分をオルバンから解放したいようなことを言っていた。
だから彼は、イーリックに連れて行かれたことをよしとしているのかもしれない。
だけどオルバンが許すはずがない。
レイネに負けたとも思えない。
そう遠くない未来、オルバンは必ず追いかけてくるだろう。
そう言ってイーリックを説得しようとしても、彼は「僕が守るよ」と言うばかりだった。
「ティス、寒いのなら布団を被っておいで」
「……い、いい、え」
ぎこちなく首を振り、彼の提案を拒否する。
ティスを連れ去って以来のイーリックは、全く今までの彼と変わらない。
それがティスには逆に奇妙に思えるのだ。
自分は彼を意識せずにいられない。
イーリックはオルバンに脅されてとはいえ、この体を抱いた男の一人になった。
顔を見れば、嫌でも自分に男根を挿入し淫らな音を立てて腰を使っていた姿が思い出される。
イーリックだって同じだろう。
昨日の今日のことだ。
自分がオルバンに抱かれ、その精液がしたたる尻にイーリックを迎え入れたことを忘れるはずがない。
もしかすると、この人はイーリックさんの偽物ではないだろうか。
とうとうそんなことまで疑い始めた時、彼はふっとティスの方を向いた。
「ティス、眠たいのなら本当に寝ていいんだよ。……疲れただろう? ずいぶんな強行軍だったしね」
乗り合い馬車に押し込められ、周り中からぎゅうぎゅうと押されての移動は確かに辛かった。
でもそれは、ずっと自分を腕に抱き庇ってくれていたイーリックの方が上のはずだ。
「いえ…」
「ティス。まだあの魔法使いのことを気にしているのか?」
かすかに眉を寄せ、悲しそうな声で言われてティスはびくりとした。
「…………それは……だって、オルバン様は、恐ろしい人です。イーリックさんだって見たでしょう? あの、レイネっていう魔法使いとの戦いを」
戦場の様子をうかがっていたのなら、二人の魔法使いの戦う様も見ていたはず。
「あんな……普通の人間がかなうはずがありません。オレ、イーリックさんに死んで欲しくない」
強くそう言うと、イーリックは険しい表情をゆるませて小さく笑った。
「僕はね、ティス。君に、あいつのことを早く忘れて欲しいんだ」
気配が近づいて来る。
自分のベッドを降りたイーリックは、ティスの隣にゆっくりと腰を下ろした。
ぎしりと軋んだベッドの上で、ティスは緊張に身を固くしている。
側にいるのはオルバンでも誰でもない、イーリックなのだ。
安心して安らげるはずなのにそう思えない。
「ティス。君は僕のこと抜きに、オルバンのところに戻りたいんじゃないか?」
ひざの上辺りに視線を落としていたティスは、はっと顔を上げ弱々しく首を振った。
「……違います」
「怖がってるけど……本当は単に、あいつに抱いてもらいたいだけじゃないのか? ……あいつのことが好きなのか?」
続け様に聞かれ、ティスは更に大きく首を振った。
「違いますッ。そんなのじゃない。オレはただ、あの人に……あの人の力に、無理やり」
最初は確かにそうだった。
出会ってしまった、それだけの理由で力ずくで征服された。
でも今はどうだろう。
恥ずかしい言葉を何度も強要されている内に、口からは自然に求める言葉が出るようになって来た。
自ら腰を振り、彼のものをくわえ込んでよがる、その全てが演技とはもう言えない。
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