炎色反応 第三章・22
快楽は確かにある。
あるけれど、だからといってそれをくれるオルバンのことが好きなわけではない。
離れられるなら離れたい。
忘れてしまえるのなら、全部忘れてしまいたいのだ。
迷いを含んだティスの態度を見て、イーリックは一言こう言った。
「本当にそうかな」
静かな声だった。
彼の目がじっとこちらを見ているのを感じる。
しかしイーリックは、突然立ち上がって自分のベッドの方に戻ってしまった。
「明日の朝にはここを出るよ。もうお休み」
そう言うと、さっさと布団をめくって横になってしまう。
なぜか、口付けをされるのではないかと思ってしまった。
勝手な想像に一人で赤くなりながら、ティスも急いでベッドに入った。
やっぱり疲れているのだろう。
眠気がすぐにやって来て、彼はことんと寝入ってしまった。
***
誰かが体を触っている。
夢と眠りの狭間でティスは、ぼんやりとそう思った。
「………オルバン様……?」
夢うつつにつぶやくと、手が一瞬止まる。
しかしその手は、すぐにまた動き出し上着をたくし上げて胸元に触れてきた。
乳首を両手の指がつまむ。
「ん…、あ、あっ…………」
感じやすいとがりを一度に愛撫され、ティスの意識は徐々に覚醒し始めた。
「あ……だ、め…」
硬くなり始めた乳首にぬるりとしたものが触れる。
包み込み、転がしながら舐めしゃぶるこれは間違いなく誰かの舌だ。
「んやっ………そんなに、舐めちゃ……あっ!」
乳首に軽い痛みが走る。
浅く噛まれたことを悟った途端、ティスは完全に目を覚ました。
暗闇の中、体の上に乗っている男を、信じられない思いで見つめる。
「……イーリック、さん?」
嘘だと思った。
嘘だと言って欲しかった。
だがイーリックは、不思議に熱っぽい目をして一度ティスを見ただけ。
すぐに顔を伏せ、また乳首への愛撫を始めてしまう。
「やっ…! な、なんでッ」
叫び、起き上がろうとしたティスはその時自分の体に起こった異変に気付いた。
手足に力が入らない。
かろうじて持ち上がりはするが、それだけだ。
「ごめんね、ティス」
指で芯を持った乳首をもてあそびながら、イーリックが独り言のように言うのが聞こえた。
「この薬、明日かあさってぐらいまでは効いたままらしいから。明日は僕が抱いて運んであげる」
そんなことを言って欲しいんじゃない。
「薬、いつっ……そんなもの」
「夕食のとうもろこしのスープ、君のにしか付いてなかっただろう?」
言われてティスは思い出す。
確かにそうだったが、では、少なくともあの時点から彼はこうすることを計画していたのか。
「なんで……こんな、なんで?」
なぜ、としか聞けなかった。
相応しい理由が思い当たらない。
この人は、自分を助けてくれたのではないのか。
オルバンの手から救い出したいと、そう思ってくれていたはずの彼が、なんでこんなことを。
「………君が、こんな風なことをされてるって、あちこちで聞いてたんだ」
ティスは小さく息を飲んだ。
イーリックは最初、ただいっしょに帰ろうとしか言わなかった。
だからティスは、彼が詳しい事の経緯を全く知らないのだろうと思っていた。
イーリックは気を遣ってくれていただけなのだ。
自分を傷付けてしまうことを恐れ、わざと余計なことを言ったりしなかったのだろう。
村に戻り、いつもの生活に戻れば、きっと忘れられると信じて。
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