炎色反応 第三章・33



まして今の状況を考えれば、この勝手な男でなくても手も上げたくなるだろう。
イーリックという、オルバンの目から見れば盗人でしかない男に面倒をかけられた。
さっき立てたはずの誓いを破り、自分は馬鹿のように泣いたまま。
いまだ涙は止まる気配もなく、震えながらティスは目を閉じた。
逃れようとしても無駄なのは分かり切っている。
あのイーリックでさえ、赤子の手をひねるように簡単に倒されてしまったのだ。
丸腰の上、体術の心得など持ち合わせていない自分がこの男にかなうはずがない。
諦めてしまえば心は不思議に静かになった。
まるで、この時を待っていたような気さえした。
熱が近付いて来るのが分かる。
前髪の先が焦げて、まつげがちりちりした。
熱い何かがさっと目元を横切ったことに気付き、ティスはおそるおそる目を開けてみる。
目の下が乾いてひりひりする。
オルバンの手は下に降りていて、指輪の輝きも消えていた。
金の瞳だけが、やはり静かに燃えている。
「早く寝ろ」
一言言って、オルバンは再び横になった。
そういう風に訓練しているのか、彼は寝ると決めるといきなりぐっと深く寝入ってしまう。
すぐに安定したその寝息を聞きながら、ティスは涙が止まっていることに気付いた。
オルバンがあの、彼が不要と決めたものだけを焼く火によって自分の涙を飛ばしてしまったらしいと気付くまでにしばらくかかった。
「…………オルバン様」
小さく名を呼んでも、彼が答えることはない。
ティスは瞳を伏せ、ぺこりと一礼すると同じように布団に潜り込んで目を閉じた。
閉じたまぶたの下から、一度は乾かされた涙がまたじわりと涙が浮かんでくる。
焼かれてもなお止まらないこれがなぜ出て来るのか、何となく原因が分かった気がした。
イーリックへ言った最後の言葉は咄嗟に考えたものだったが、オルバンがあの台詞に満足したのも分かる。
今夜は葬儀なのだ。
自分とイーリックの。
互いの命を守るためという理由で、求め絡み合い快楽を貪り合った。
それで助かった気になっていたけれど甘かった。
以前までの自分はオルバンの手で殺された。
イーリックも同じように殺された。
村や森の周りをいっしょに散歩して、珍しい鳥や虫を見つけてははしゃいでいた二人はもうどこにもいない。
兄のように優しくて、頼もしかったイーリックには二度と会えない。
頬を伝った雫が、敷布に落ちるかすかな音はまだ絶える様子はないけれど、明日の朝目覚めたらこの涙さえ枯れているだろう。
ティスは布団を握り締め、最早自分一人のものではない体をぎゅっと抱き締めた。
オレは死んで、生まれ変わって、このオルバン様のものになりました。
体は間違いなくすでにそうなっている。
早く心まで彼のものになりたいと、痛切に願った。

〈終わり〉

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