炎色反応 第四章・7



道中の様子を見るに、この男は相当飽きっぽいらしい。
同じ場所に三日といた試しがないし、第一普通の魔法使いは余り人前には姿を現さないのだ。
時には面白がって人前に姿を現しているようにさえ見える。
両方併せて考えると、魔法使いとしてもかなり特殊な部類に入るのだろう。
…………同じ魔法使いを犯し、その力の源である石を奪うような男だ。
特殊なのはもちろんなのだろうが。
オルバンにからかわれ、真っ赤になっていたレイネのことをかすかに思い出した時だった。
いきなりオルバンが真横に飛びすさった。
その腕に抱かれて物思いにふけっていたティスは、慌ててしがみつきながら驚いて彼を見上げる。
「とうとう仕掛けてきたな」
つり上がった金の瞳が好戦的な光をたたえていた。
にやりと笑うその視線の先を見ると、激しい地響きを立てながら地割れがこちらに向かって来るのが分かる。
「地裂(ちれつ)な。まずは小手調べか」
らしいぜ、などとつぶやいて、彼は右手の火の精霊の指輪を輝かせた。
かなりの速度で向かってくる地割れに向かい、拳大の火の玉……火星が宙を飛んだ。
炸裂した火球に鼻先を叩かれ、地割れが鎮まる。
「さすがだ」
低い声の持ち主を、聞き返すほどはまだ時が過ぎていない。
昨夜もやって来た地の魔法使い、ディアルが木々の向こうから現れた。
オルバンは驚きもせずに彼を見てこう言う。
「日を置かず奇襲したことだけは褒めてやるよ。それで? また水の石を返せ、か」
「そうだ」
茶化すようなオルバンの台詞を笑いもせずに受け止めて、ディアルは無造作に右手を前に突き出した。
黄色い石が、節くれた武骨な指先で輝く。
また地割れが、今度は三本に分かれてこちらに向かって迫って来た。
「芸のない」
冷ややかに吐いて、オルバンが今度は水の精霊の指輪を輝かせる。
いつかレイネが使った、まるで蜘蛛の糸のように広がる細い水流が彼の指先から走った。
わざと水の魔法を選んだのだろう。
ディアルの眉間に縦皺が刻まれるのを、オルバンは楽しげに見ている。
銀の糸のような水流が、襲い来る地割れに絡み付く。
それはたちまちその辺りの地面に染み込み、ふやけた粘土状の土質に変えてしまった。
地割れ自体を無効化するような作用をもたらした水の魔法は、続けて地の魔法使いに襲いかかる。
「くっ」
ディアルはまた右手を突き出し、なおも地裂を使ったが同じ事だ。
「褒めてやれたのは、やはり最初だけか? 芸のない男だな」
水の石のはまった小指をくいくいと動かしながらオルバンは馬鹿にしたように笑う。
彼はティスを離し、ディアルに一歩近付いて言った。
「その調子じゃ閨でも芸がないだろうが、オレの代わりにレイネを慰めてやればどうだ。あいつの身体はもう男を覚えている。お前みたいな朴念仁でも、時間さえかければよがらせてやれるぜ」
ひどいことを言いながら、オルバンはとどめとばかりに強く青い石を光らせた。
地裂で対抗しようとしていたディアルは徐々に押され、粘土状の地面に包み込まれてすでに逃げることも出来なくなっている。
ついに彼自身に水の魔法が絡みついた。
瞬間、オルバンの目元がかすかに歪んだ。
黒衣の男がいきなりティスを振り返る。
びくりとしたティスの口を、背後から浅黒い手が押さえ付けた。
衝撃に見開いた水色の瞳に、銀の糸のような水流にがんじがらめにされたディアルが見える。
だが彼の姿は、周りの地面と同じようにどろりと溶けてしまったのだ。
ディアルは、ディアルだと思われた人型はすでに周りの粘土と同化してしまっている。
代わって本物の地の魔法使いの低い声が、ティスのすぐ後ろからした。
「こいつを返して欲しければ、今日の夜この森の先にある丘に来い」
ディアルはそう言うと、ティスを後ろから抱いた状態で地の精霊石を輝かせた。
あ然としているティスの視界が、下降する。
足先から地面に飲み込まれていくことに気付き、恐怖に硬直したまま彼は真っ黒な闇に飲み込まれていった。


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