炎色反応 第四章・8



***

気まずい。
せめて何かしゃべってくれないだろうか。
ティスはそう思いながら、小高い丘の上の大きな木の根元にちょこんと座っていた。
同じ木の下にはディアルが、何をするでもなく腕組みをして座ったまま目を閉じている。
そろそろ暮れ始めた空から来る茜色の光を浴びて、動かない彼はまるで石像のようにも見えた。
縛り上げたりするでもなく、自由な状態で放っておかれているとはいえもちろん逃げられるはずがない。
何かの魔法によって森の中から連れ去られ、この丘の上に出て来てから一応ティスは逃げようとしてみた。
するとディアルは無造作に地の魔法を使い、ティスの立っていた地面をわずかに隆起させてその場に転がしたのだ。
見た目は地味だったが、効果はある。
何かと派手な火の魔法とは対照的に、地の魔法は地味でも必要な分だけの効果をきちんと出せるものと見えた。
あるいは使い手の性格にもよるのかもしれないが。
「寒くないか」
二人きりになってから、それが多分初めてのディアルの言葉だった。
ティスがびっくりしながらいいえ、と言うと、彼は静かに目を開く。
恵まれた体格のせいか、静かであればあるだけ逆に怖い気がしてティスはびくびくしてしまった。
「お前に聞きたいことがあって連れて来た」
意外な台詞にもっと驚いてしまう。
「オ、オレに、何を……?」
「お前はオルバンに惚れているのか。好きで、あいつの側にいるのか」
とっさの言葉が出て来ない。
答えに詰まり、思わず顔を背けてしまうとディアルは続けて聞いて来た。
「好きで抱かれているのかと思えば、違うようにも見える。オレにはお前の本音が見えない。だから、連れて来た」
なおもじっと見つめて来る、静かな黒い瞳。
心の底まで見透かすような目は、オルバンとはまた違う怖さがある。
昨日の夜、オルバンに貫かれてよがる自分を見ていた彼の蔑むような目付き。
それに耐えられず顔を背けてしまった、あれがディアルにこんな質問をさせているのだろう。
「………聞いて……どうするんですか」
下手に逆らうのはまずいと分かっているが、ティスはついそう言ってしまった。
「オレの気持ちなんか、関係ない。オルバン様がオレに飽きるまで、オレはあの人のおもちゃです」
早口に言ってから、ぽつりとこう付け加える。
「オレとレイネさんの指輪を交換する気なら、無理だと思います。オルバン様は水の魔法を気に入ってる。わざわざオレを連れ戻しになんか、来ません」
一通り彼が話すのを聞いたディアルが冷静に言う。
「オレの質問にまだ答えてくれていないようだが」
そう言うと、彼はゆっくりと立ち上がった。
一足踏み出す、それだけでティスとの距離はやすやすと縮まる。
怯えるティスの顔を見つめ、ディアルはもう一度言った。
「では質問を変えよう。お前はあの男に抱かれるのが好きなのか」
露骨な質問に頬が赤らむ。
同時に、何か理由の分からない怒りがティスの中から湧き起こってきた。
「か………あなたには、関係、ない、です。オレは……オレはただ、オルバン様の望むようにするだけ。そうしないと、殺されてしまうから」
好きも嫌いも何もない。
ティスの意思などいくら言い立てたところで彼が耳を貸すはずがない。
魔法使いは偉そうなのではなく偉いのだと言って、オルバンはアインを焼き殺した。
生まれながらにこの世界での支配階級にある彼に、無力な子供でしかない自分が何か訴えたところで意味があるだろうか。
「あなたやオルバン様とは違います。オレはただの人間だ。死にたくないなら……魔法使い様に逆らうなんて、出来ません」
それに、とティスはぽつりと付け加えた。
「………オルバン様も、全くオレの頼みを聞いてくれないわけじゃありません。オレの……大事な人の命を、取らずに済ませて下さいました」
「何だと?」
ディアルが驚いたように声を上げる。
思ったよりも彼の反応がずっと大きいことに逆に驚き、黙ってしまったティスを彼は改めてしげしげと見つめた。


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