炎色反応 第四章・9



「お前の大事な相手とは誰だ。オルバンはそいつをどういう理由で殺そうとして、やめたんだ」
まさかそこまで聞かれるとは思わなかった。
ティスはしどろもどろになりながら、かすかに彼から顔を背けてつぶやく。
「そ、その人、が、オレを、た、助けようとして、オレを、連れて行って……そこにオルバン様がいらして」
「それは本当か?」
ディアルの追求に、嘘は言っていないティスはこくこくとうなずく。
「あいつが、お前の大事な……そうだな、その大事な相手とはどんな奴だ」
イーリックの暖かな笑顔がティスの脳裏に浮かぶ。
欲望に濡れた目をして、いやらしい言葉を吐きながら自分に圧し掛かっていた姿も。
「………オレの、兄さんみたいな、人です」
「みたいなか。本物の兄貴じゃないと」
「兄さん、みたいな人ですけど、血が繋がってるわけじゃ…」
そこまで聞いたディアルは何も言わず、じっとティスを見つめてくる。
黒い瞳の底で、何か得体の知れないものが揺らめくのが分かった。
さっきまでと雰囲気が違う。
背筋が寒い。
思うのに、その場から動けない。
「レイネはオルバンに、頼むからそれだけはやめて欲しいと泣いたと言っていた」
それだけ、と彼もぼかしたが、ティスにはそのぼかされている部分が読み取れた。
初対面の時、オルバンが自分にしたことだ。
予想だが、水の魔法使いが嫌いだと火の魔法使いが先に宣言していたことを考えるときっと自分にしたよりもっと手酷く犯されたのだろう。
レイネもオルバンを嫌っているようだし、そういう相手にあのオルバンが手加減などするはずがない。
「ところがオルバンはあいつの心と体を引き裂いた挙句、何より大事な精霊石まで奪っていったんだ。そんな男が、お前の頼みなら聞いてくれたと言うのか?」
武骨な指が伸びてくる。
ディアルはティスの服の襟首を両手で掴み上げ、その腕をいきなり乱暴に左右に動かした。
厚手の布が引き裂かれ、白い肌が夕映えに茜色に染まる。
「あっ……」
悲鳴はかすれ、すぐに消えてしまった。
大声を上げることが許されないほど、ディアルの放つ怒りは深く、そして濃かった。
「オレはレイネに惚れてるわけじゃない。しかし、あいつのことは大事な仲間だと思っている」
オルバンに言われた言葉をもう一度否定すると、ディアルはぐいとティスのあごを掴み上げた。
「オルバンは来ないだろうと言ったな」
震えながら、だがそれを否定する気にはなれずティスが小さくうなずくと、ディアルは地の精霊石を輝かせた。
足元が揺れる。
「ああっ!?」
地面が隆起し、体を持ち上げられたティスは慌てた声を上げた。
また転がされるのかと思ったがそうではない。
土の塊が宙に浮いた手足に絡み付く。
横倒しになった状態で両手を左右に引き伸ばされ、両足を大きく開いた形で固定された。
土で出来た拘束具に囚われたティスに浅黒い腕が伸びる。
ズボンと下着が引き裂かれ、白い体の全てが地の魔法使いの前にさらけ出された。
「では、どのみち水の精霊石は戻らない。このままお前を解放しても、レイネにいいことは何もないわけだ」
元から低いディアルの声が更に低くなった。
「それならせめて、オルバンがあいつにしたことをオレがお前にする。道理に叶った話だと思わないか?」
聞いておいて、答えを待つこともなく彼はティスの肌に触れてきた。
「い…」
嫌と、言おうとした唇を唇で覆われる。
ねっとりとした濃厚な口付けは、オルバンが今朝方からかった通りあまり技巧的ではない。
だが押し付けられるだけの唇にも、そこから這い出て来た舌にも武骨で猛々しい男臭さがあった。
奪われる。
強くそう思った。


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