炎色反応 第四章・14



「そうだ。子を手放したくない、と言う親も少なからずいるが、周囲の目もあってそうせざるを得ない。とにかく魔法使いは数が少ないし、相当閉じた社会を作っている。自分たちが人間より偉いと思っていて、馬鹿な人間たちに必要以上に関わらないことが得策だと思っている」
淡々とした口振りだが、ディアルはおそらくそんな魔法使いの考えが嫌いなのだろう。
わずかに早口になって言うと、また続きを話し始めた。
「お前も知っている通り、魔法使いには四つの属性がある。その属性によって、人間に対する考え方がおおまかに分けられる。まず火は、人間を自分たちの奴隷だと考えている」
それはオルバンを見ていればはっきり分かる。
改めてぞっとしているティスにわずかに苦笑いし、ディアルは言った。
「水は逆だ。人間と共に生きよと言っている。中でもレイネは急進派で、オルバンのような人間に魔法使いの悪い印象を植え付ける奴をひどく嫌っていた。……だから、今回のようなことになった」
ぽつりと吐いて、彼は今度は自分のことについて述べた。
「オレたち地は、中立だ。どちらにも味方せず、どちらかがあまりにも動きが激しくなったら止める」
ディアルと出会った当初オルバンがからかうように言った「地は動かず」という言葉。
先程ディアル自身も自嘲的に言ったその言葉が、そのまま地の魔法使いの立場を示しているらしい。
もっとも、とディアルは苦笑いして付け加える。
「今回のことについては、オレは完全にオレの独断で動いた。長たちには何も言っていない。言えるはずもないしな」
ディアルが動く理由とは、すなわちレイネがオルバンに陵辱されたことだ。
死に勝る恥と本人が思っているに違いないことを、多くの者たちの耳に入れるような真似は彼には出来ないだろう。
ふっと息を吐くと、ディアルは何か決意したような様子になった。
背中でその変化を感じているティスの耳元に、彼のこんな言葉がささやかれる。
「お前はオルバンの両親のことを知っているか?」
驚いたティスは急いで首を振ろうとしたが、その拍子にふと思い出したことがあった。
「…………レイネ様、が、そんなことを……」
高き志を持ち死んでいったあなたのご両親に対し、恥ずかしいとは思わないのですか。
レイネは黒衣の火の魔法使いに向かってそう叫んだ。
直後、オルバンの金の瞳が底光りするのをティスは見たのだ。
あの台詞さえ言わなければ、レイネは彼に手酷く陵辱などされずに済んだのかもしれない。
今冷静にあの時のことを振り返ってみると、そう思える。
それ程オルバンの怒りは凄まじかった。
「そうらしいな。レイネの奴……全く、余計なことを言わなければ良かったのに」
ディアルもレイネがひどい目に遭わされた原因が、彼のその不用意な発言のためと思っているらしい。
深く息を吐いた後、ディアルは話を始めた。
「オルバンの両親は、火の魔法使いの中の変わり者だった。その考え方は水に近く、人間を馬鹿にする同胞の考えを改めさせようと色々やっていたらしい」
ティスは思わぬ言葉に我が耳を疑ってしまう。
だってあのオルバンの両親だ。
その息子と同じく、猛々しい暴君だとばかり思っていたのに、それではまるで…
唐突にティスは理解した。
オルバンがレイネを、水の魔法使いを忌み嫌う理由が。
「ところが当然、いい顔はされなかった。悪いことに、オルバンの父母は火の中でもかなり能力のある魔法使いだったんだ。一族の誉れのはずの二人が、一族の体面を丸潰しにするようなことを言い回るのを火の長たちは黙って見ていられなかったんだろうな」
きっかけは、オルバンの母親が奴を身ごもったことだったと彼は言った。
「この子を人と魔法使いの橋渡し役にする、だからここでは暮らせない。火の集落を出て行く……彼らはそう言ったそうだ。魔法使い同士の交わりで生まれた魔法使いは、強力な能力者であると期待される。火の長たちはオルバンを連れて行かせまいと、一族総出であいつの両親を捕まえ、火あぶりにした」
火の魔法使いを、火あぶり。
ぞっと総毛立つティスにディアルは静かな口調で続ける。
「何となく分かるかと思うが、魔法使いが自分が属する能力により殺されるのは最大の屈辱だ。だからそこまでして集落に残されたオルバンのことも、周囲の魔法使いたちは結局暖かい目では見なかったらしい」
ああ、だからオルバンは、レイネの魔力を使って彼を陵辱したのだ。
魔法使いにとって最大の屈辱を彼に味あわせるために。


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