炎色反応 第四章・15



「オルバンには期待以上の能力があり、長たちは奴をそれなりに丁重に扱った。だがあいつは、一人で生活出来るだけの年齢になるとさっさと火の集落を出た。止めようとする仲間たちを片っ端からぶっ飛ばしてな。以来人間の前に出て来ては、その力を誇示するような振る舞いばかりする」
両親の遺志も、火の魔法使いたちの思惑も全てを嘲笑うような彼の生き様。
おそらくはそれがオルバンの復讐なのだろう。
「このことは魔法使いの間では有名だ。だが、それをオルバンに向かって言う奴はもういない。どんな目に遭わされるか分かるからな」
いい例がレイネというわけだ。
最も彼が美しく、オルバン曰く好みの容姿だったからそれで済ませたのだとも言える。
自分をさらったイーリックを追いかけてきたオルバンは、盗人を殺す気だったに違いないから。
何となく、ティスは自分の体を抱き締めた。
オルバンの行動、性格…………その基礎を作ったものが、ディアルの説明により多少なりとも理解できた気がする。
――でも、理解できたところでどうだと言うのだ。
かわいそうにとでも言えばいいのか。
言ったが最後、容赦なくなぶられ尽くした後残酷に殺されるだけだろう。
オルバンはティスの同情など必要としていない。
むしろ、あの自尊心の強い男にはそんなことは到底我慢出来ないに違いない。
自分がこのことを知ったというだけで激怒する可能性すらある。
思い付いてティスははっとした。
「ディアル様は、なんで、オレにオルバン様の話なんか……」
警戒する様子を見せるティスを腕に抱いたまま、ディアルはやはり静かな声でこう言った。
「なあ、ティス。お前は好きでオルバンに抱かれているわけじゃないんだろう?」
いつしか下肢の痛みはほとんど意識されることがないまでになっていたが、その言葉を聞くとそこが一瞬ぴくんと反応したような気がした。
ティスは内心あせりながら、小さくうなずいてみせる。
「だが、お前にあいつに逆らう力はない。逆らえば殺される」
「は、い…………そうなると、思います」
再度の確認に戸惑うティスの背中から温もりが離れる。
ディアルが立ち上がったのだ。
すでに日は暮れきり、かすかな月明かりの下でその黒い髪も瞳も銀の輝きを帯びている。
座った状態で見上げると、正しく雲を突くような大男に見える彼が低い声で言うのが聞こえた。
「ではオレが、オルバンを殺してやると言ったら」
ティスは言葉を失った。
「…………こ……ころ、す?」
「あいつが水の精霊石をおとなしく返すなら、そこまでする必要はない。オレもオルバンのことは多少知っているし、気の毒な面があるとは思う」
だが、とディアルは言う。
「ほぼ確実に、あいつはレイネの石を返そうとしないだろう。ならばこちらも力ずくで奪うしかない」
迷いのない彼に声には、ごく自然な自信が満ちていた。
土くれを自身に似せ、仕掛けてきたあの時の力はきっとディアルの全てではない。
考えてみれば、オルバンの逆鱗にもう一度触れかねないことを承知でレイネの話を始めたのだ。
しかも彼のことをよく知っているというのに。
よほどの馬鹿か、それともよほどの自信がなければ出来ない行為だろう。
おまけにティスの目に、彼はよほどの馬鹿には全く見えなかった。
「殺す……殺さないと、いけないのですか…………?」
繰り返された質問にディアルはうなずく。
「殺す気でいかなければオレが殺される。他の奴よりはオレはオルバンと馴染みがあるが、それで向かってくる相手に手加減するような男じゃない。お前もそれは分かるだろう」
それはそうだが、ティスにはディアルの言葉に全く現実味を感じられずにいた。
オルバンは殺す方であって殺される方ではない。
彼が死ぬなど…………傷付けられる姿すら、想像出来ない。
「どうした。あいつが殺されるのが嫌か?」
その言葉にはっとする。
ディアルがじっとこちらを見下ろしていた。
筋骨隆々とした、いかにも武骨で力任せな男に見えるのに彼の表情は極めて静かだ。
まるで観察するような目をした地の魔法使いの姿からは、先程とは打って変わった冷たく乾いた空気が感じられる。


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