炎色反応 第五章・17



少年の上から起き上がった赤毛の男は、剣呑な表情でじろりとオルバンをにらみ付けた。
「……正直驚かされた。そのザザ、なりは貧相で根性も汚いがかなりの使い手だぜ」
「別に驚くことはない。オレは誰にも負けない。それだけの話だ」
肩をそびやかし、気負った風もなくオルバンは言う。
それを聞いたヴィントレッドは無言で右手を振り上げた。
火の精霊の赤い石と、風の精霊の緑の石が同時に光る。
赤い石から飛び出した光を緑の石から生じた風が後押しした。
赤い尾を引く流星のような光が、一直線にオルバンに向かっていく。
「火星と生風な」
動じずその魔法の名前をつぶやいたオルバンは同じく右手を上げた。
お馴染みの赤い光がそこで輝いていた。
馴染まぬ緑の光も輝いていた。
「何だと!?」
驚愕するヴィントレッドに向かい、嵐に怯える小動物のようにつるりとした頭を抱えたザザを飛び越してオルバンの魔力が飛んでいく。
火星と生風、相手とそっくり同じ技を瞬く間に生み出した彼は難なくヴィントレッドの魔法にそれをぶつけた。
ばちっと激しい音がした後、粉々になった光がきらきらと辺りに振りまかれる。
まるで夢のような光景の中、ヴィントレッドは一拍遅れてくく、と笑った。
「……なるほど。さすがだ」
彼も自尊心に見合うだけの能力を持つ男だ。
完全に劣勢に回ったかに見えたが、状況を飲み込むのが早い。
「ザザの石を奪ったか。全くこの間抜けが、いじめっ子に贈り物をしてやってどうするよ?」
「うるさいうるさい! お前がオレを見捨てていくからじゃないか!」
「なんだよ、二人きりでの復讐の機会を作ってやっただけじゃねえか。大事な仲間を信じてやったんだぜ、オレは」
むしろ感謝しろとでも言いたげなヴィントレッドは改めてオルバンを見てつぶやく。
「しかし奪ったばかりの石を使いこなすか…………まさかこれ程までの力の持ち主とはな」
ティスは以前オルバンがレイネから奪った水の石を自在に操り、水の魔法を使いこなしたことを知っている。
だから彼が風の石を使ってもそれほど驚かなかったのだが、ヴィントレッドの言葉によれば大したことであるようだ。
「お前らはこれを使うのにずいぶん鍛錬が要ったらしいな。悲しいな、才能の差は。ご苦労なことだ」
わざわざヴィントレッドの自負心を逆撫でするような言葉をオルバンは使う。
一瞬ヴィントレッドは凄まじい目をしたが、彼は口の端ににやと笑みを浮かべてこう言い返した。
「そうだな。才能が違う。親を焼き殺された火の魔法使いの恥さらしも、才能さえあればでかい顔が出来る」
場の空気が張り詰める。
何とか体を起こそうと身もがいていたティスは、肌を刺すような冷気を感じて動きを止めてしまった。
火の魔法使いには珍しい、水よりの思想の持ち主だったというオルバンの両親。
そのことを語ったレイネをオルバンは強姦し、魔力の源である精霊の指輪を奪い取ったことは記憶に新しい。
彼の時は後地のディアルが間を取り持ち、結局石は持ち主に返された。
今頃ディアルはあの朴訥な優しさでレイネの心の傷を癒しているのだろう。
だが、ヴィントレッドが相手ではそのような展開にはなるまい。
「火の申し子とか呼ばれていい気になってるらしいが、孤高を気取っていられるのも今の内だ。オレたちグラウスに従う勢力はどんどん大きくなっていっている。最近じゃ水の魔法使いも多くオレたちに従い始めた」
ちょうどレイネのことを思い返していたところだったのでティスはびっくりしてしまった。
グラウスは人間世界を魔法使いが支配することを望んでいると聞く。
なのに、人間と魔法使いの共存を望むはずの水の魔法使いたちも彼に従っている?
「…………そんな」
全然目指すところが違うじゃないかと、思わずティスはつぶやいてしまった。
その上に注がれる赤い瞳。
びくっとしてティスがそちらを向くと、ぴたりとヴィントレッドと目が合った。


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