炎色反応 第五章・18
後ろに流した長い髪を撫で付けるように右手を上げて、彼は諭すような声を出す。
「かわいい兎ちゃん。お前にもその内分かるさ、誰に従った方が徳か。オルバンは人間のガキのことなんかどうせ慰み者にしか思っていない。オレなら責任を持って、末永く可愛がってやるんだがなあ?」
つぶやくその右手で緑の光が輝く。
巨躯がふわりと宙に浮いた。
あ然としているティスを、ザザを、無言のオルバンを見下ろし、赤い髪を風にたなびかせて空中からヴィントレッドは笑った。
「だがまあ、今は確かに分が悪い。兎ちゃんのおねだりに調子に乗って、種付けし過ぎてへとへとだ。ティス、次に会った時は可愛い子兎の顔を見せてくれよ!」
「……なッ…!」
二人きりの時ならとにかく、ザザもオルバンもそこにいるのだ。
かあっと顔を赤らめて絶句したティスの、四肢を戒めていた光が弾ける。
それと同時にヴィントレッドは更に高く高く舞い上がり、いずこかへと飛び去ってしまった。
「風靴か」
空を見上げ、オルバンは低くヴィントレッドが使ったらしき魔法の名を呼ぶ。
多分ティスを連れ去った時彼が使ったのも同じ魔法だろう。
「ふん、でかい口を叩くだけ叩いて逃げやがった」
感情のないかに聞こえるその声に含まれた、かすかな苛立ちをティスは感じ取った。
ようやく自由にはなれたものの、無残な陵辱の跡が残った体をおずおずと起こしてみる。
すり切れて赤くなった手首や足首をさすりながら、ふと物音を感じてザザを見た。
彼は宙を見上げているオルバンから距離を取り、こそこそと林の中へ逃げようとしていた。
「オルバン様!」
はっとしてティスが声を上げるより先に、空を見上げたままのオルバンの右手の指輪が光る。
赤い光がザザ目掛けて走り、それは途中から口を開けた蛇のような姿になった。
炎の蛇が、今にも走り出そうとしていた貧相な青年のむき出しの頭から首にかけてに絡み付く。
「うわ、うわわわっ」
顔にも巻き付いた赤い蛇におののき、両手をばたつかせるザザにオルバンは冷ややかな瞳を向ける。
「なんだよ、お前はオレに会うためにここまで修行を積んだと言っていたよな? なんで逃げるんだ。まだ話は終わってないぜ」
「話、話なんか、ひいいっ!」
無造作にザザに詰め寄ったオルバンは、軽く彼の足首に自分の足を引っかけて転ばせる。
ただでさえ慌てていたザザは呆気なくその場にひっくり返った。
「話が終わっていないとオレが言っているんだ。そうである以上、お前は話さなければならない」
赤い石を光らせたままオルバンは傲慢に断言する。
「髪を焼かれただけで満足出来ないなら次は顔も焼いてやろうか。どっちが前か後ろか分からないように、きれいな肉の塊にしてやってもいいんだぜ」
「……っ、うぎゃああああ!」
彼が言い終わると同時にザザが絶叫する。
蛇の尾の辺りからじゅっという音と、肉の焦げる嫌な匂いが漂い始めた。
オルバンお得意の浄火の応用。
蛇の火がザザの肌を焼いたのはほんの一瞬のことだったが、彼に口を割らせるには十分だったようである。
「オレ、オレ、オレ知らない…! グラウスのことなんて、何も知らないッ!」
焼かれた部位から必死になって蛇を引き剥がそうとしながら、ザザは半泣きで叫ぶ。
よく見てみればその衣服のあちこちには焦げ目が付いていた。
ティスがヴィントレッドに犯されている間、二人の間で何があったかはっきりしたことは分からない。
ただザザが以前の恨みを晴らさんとオルバンに挑んだ結果、見事に返り討ちにあったらしいことは明らかだった。
「何でもいいんだよ。見た目、年齢、能力、性格。おそらく若い男だろうと見当は付いているが、それ以外のことも多少は知ってるんだろう? なあ? ザザ」
ふざけた優しい声でオルバンは問う。
「オレが使っている情報屋を、しゃべれないまでに痛め付けてくれたんだ。だからお前が代わりにしゃべれ。簡単な話だろうが」
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