炎色反応 第五章・19



オルバンの言葉にティスは小さく息を飲んだ。
エルストン。
そうだ、最初は彼の小屋が襲撃されたということだった。
「しら、知らない、グラウスに会ったことはないんだ!」
痛みにうめきながらザザは叫ぶ。
尻をずって後ずさりしていこうとする、その腹をオルバンは片足で踏みつけた。
ぐう、と潰れた悲鳴を漏らす彼を見下ろす金の瞳は冷たいまま。
「会ったことがない? 会ったこともない奴にお前は従っているのか?」
「グラウス、秘密主義者でッ、ほ、ほとんど誰も会ったことがない……! ヴィントレッドだって会ったことがないんだ、本当だ!」
「あいつも? ふうん…」
疑わしそうにつぶやいたオルバンだが、足先に込めた力はそのままにこう言った。
「まあいいだろう。だが、お前らに奴の意思を伝える者はいるはずだ。側近の一人や二人いるんだろう?」
「い、る…………風のカービアン、とぼけた、何考えてるか分からない奴、グラウスの側近だ………」
「どんな奴だ?」
続けて問われ、ザザは泣きそうに顔を歪めた。
「勘弁してくれ! これ以上しゃべったら、ひいっ!」
ぱちっと火花が散り、ザザの片眉が消えた。
「オレを殺す気で向かって来た奴が、今更何ほざいてやがる」
蛇の尾をかすめさせて眉を焼き払ったオルバンは、段々特徴を失いつつある幼馴染の顔を見て薄笑う。
「しゃべらないならここでオレに殺されるだけだ。それでいいなら、じっくり時間をかけていたぶってやってもいいんだぜ」
ぶるぶる震えながらザザは首を振る。
「い、今までだって散々…………分かった、言う、言うからお願いだ、オレをグラウスから守ってくれ!」
「…………ああ?」
唐突な物言いにさすがのオルバンも呆れ顔になる。
ティスも聞いていてびっくりしてしまったが、ザザの声は真剣そのものだった。
「取、引、だ……オレの身の安全を保障してくれ、そうでなきゃどうせどっちかに殺されるんだ。そんなの、オレには意味がないじゃないか!」
保身剥き出しの身勝手な言葉を聞いているだけでティスは身が竦む。
馬鹿なことを言わない方がいい、そう思っていたのだが、オルバンはあっさりうなずいた。
「いいぜ、ザザ。昔のよしみだ。命は取らない、約束しよう」
炎の蛇が掻き消え、ザザの腹から彼の足がどけられる。
ザザは心底ほっとした顔になると、よろよろと立ち上がり唇を舐めて話し始めた。
「カービアン……見た目は、優男で、こう、肩にかかるぐらいのふわふわした、茶色のか、髪だ。いつもにこにこしていて……けど、恐ろしく、強い」
どうしてもオルバンに対しては苦手意識が働くのだろう。
どもりどもり、あまり彼とは目を合わせずにザザはしゃべる。
「他の側近は、し、知らない。オレたちは、あいつとしか会ったことがない」
「カービアンはどこにいる」
「人間の王城……グラウスは元々王城付きの魔法使いなんだ。そこの区域を、あ、与えられていて、そこに、他の魔法使いも大勢、いる」
「人間側は、魔法使いを大勢飼ってる気分で鼻高々だろうな」
小馬鹿にしたようにオルバンは鼻を鳴らす。
「内側から喰われていっていることも知らないで……ふん、それで?」
「グラウス、危険な魔法使いを野放しにしちゃ、危険だって人間の王に言って……それで、各地の目立つ魔法使いを、排除、しようと…」
「つまりはオレのような、な」
面白そうにオルバンは笑った。
「オレに自分の配下になれと誘って来ない辺り、まあまあ物が分かった奴のようだ」
ティスもそう思った。
相手が誰であろうと頭を下げる気などオルバンには毛頭ない。
下手に部下になれ、などと誘いかければ怒りを誘発することは明白だ。
最もでは排除と来る辺り、しょせんは似たようなものと言えなくもないが。
「逆らうならば排除する、そうでなければ配下になれ、か。人間びいきの水どもには、魔法使いの悪行を食い止めるとか言って騙しているわけだな」
ヴィントレッドの言い残した言葉についての問いかけに、ザザはためらいながらもうなずいた。
「そう、みたいだ。み、水は、人間が好きだからな。強い魔法使いが、う、裏から手を回して平和を維持した方がいい、と持ちかけられて、乗せられる奴が結構いるんだ」
レイネなどがこの現状を聞いたらどう思うだろう。


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