炎色反応 第五章・25


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「オルバンのことが好きなのか?」
結局ザザも連れられて、オルバンが言っていた「向こうの村」の宿屋に収まった後の事である。
昼間たっぷり運動をしたせいか、一人でさっさと寝台に入ってしまったオルバンを気にしながらザザがこそこそと話しかけて来た。
「……そういう訳じゃ、ないんです」
自分でも曖昧な部分のあるオルバンへの気持ちについて、ティスは困りながら答える。
「ただ…………最初は、無理やりだったけど、今は……その」
ザザはティスがオルバンに何度も何度も精を注がれながら、あられもない声を上げてよがり狂ったのを見ている。
今更否定も出来ないため一応そう言ってはみたが、やっぱりちょっと恥ずかしい。
ついうつむいてしまうティスを、ザザは何だか悔しそうに見て言った。
「……ふん…………あいつは昔からそうだ。自分勝手で傍若無人なくせに、変にもてるんだ」
彼は片方だけ残された眉をしかめる。
「忌々しい。生まれながらの罪……、ぎゃッ!」
薄暗い室内にぱっと火の手が上がる。
「あち、あちちちち!」
残されたザザの片眉が燃え上がり、続いてオルバンが寝転がったまま面倒くさそうな声を出すのが聞こえた。
「次はどこだ。目か、鼻か?」
ザザはひいとわめいて何とか眉の火をもみ消し、部屋の隅にすっ飛んでそこに用意されていた毛布にくるまった。
室内には寝台が二つしかない。
実は三人用の部屋がなかったのだ。
オルバンはザザを今後の道案内人にする気らしく、宿に無理を言い彼を同じ部屋に泊めさせた。
無論逃亡を防止するためだ。
オルバンにもヴィントレッドにも散々馬鹿にされていたが、腐ってもザザも魔法使いである。
彼を差し置いて自分が寝台を使うのも気が引けるので、ティスは何となくオルバンに話しかけてみる。
「エ、エルストン様は、どうなったんですか……?」
「生きてはいるらしい。あいつも裏家業に生きる男だ、こういう目に遭わされるのには慣れているさ」
事もなげに彼は言うが、大丈夫だろうかとティスは逆に心配になった。
「あいつのことが気になるか? 抱かれて情でも移ったか、ティス」
オルバンは身を起こし、小さくあくびをしながらそんな風に言って来た。
「いえ、そういうわけじゃ…」
「兎は年中発情期だってのは本当らしい。疲れてるんじゃないのか? さっさと寝ろ」
からかうような言葉を言われ、空の寝台の方を向いたティスの目がザザと合う。
きれいに頭部から毛髪がなくなった彼は寒そうだ。
その指にあったはずの精霊の石は、風もそして火も現在オルバンに奪われている。
魔力の媒体であるそれなくしては、ザザはただのひ弱な青年らしかった。
暖を取ることもままならず、薄暗い部屋の隅で体を丸めている姿は見ていて何だか気の毒だった。
「……あの、オルバン様……そっちで、オレも、いっしょに寝てはだめですか………?」
オルバンはちょっと面白そうな顔付きになるとこう言った。
「お前の方から誘ってくるとは珍しいな」
虚を突かれたティスは、一瞬遅れて真っ赤になる。
「ちが、あのッ…………その、」
「まあいい。来いよ」
にやっと笑ったオルバンが布団をめくって作ってくれた隙間に、ティスはおずおずと潜り込んだ。
細い体を抱き寄せたオルバンは、いっしょになって横になりながらザザに声をかける。
「ザザ、こいつに感謝しろよ」
どうやらティスの意図などお見通しのようだ。
ひやっとしたが、オルバンは別にそれ以上何か言う気はなさそうだった。
ザザがこちらの様子を伺いながら空いた寝台に潜り込む音がする。
その間にオルバンの手はティスの背に回っていた。
余計なことをした罰に、いつもの意地悪なお仕置きが始まるのだろうか。
まさかこのベッドの柱にまたがらされるかと思ってしまったがそうではなかった。
「暖かいな、お前の体は」
厚い胸板と硬い腕にすっぽりと包まれる。
意外にまつげの長い瞳を閉じて、オルバンはこのまま眠ってしまうつもりのようだ。
ティスも黙ったまま、彼の体温を全身に感じながら目を閉じた。
子供を欲しいなどと思ったことがない、とオルバンは言った。
両親の行いのために育った集落で白眼視されていたという彼にとっては、きっと子供などは………
ザザならばその昔、オルバンが故郷の火の集落でどういう風に暮らしていたか知っている。
傍若無人な恐るべき火の魔法使い、傲慢な支配者であるこの男のことを好きなわけではない。
好きなわけではないけれど、ただ彼のことをもう少し知りたいと眠りに落ちる刹那に思った。

〈終わり〉
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