炎色反応 第六章・5



とはいえレイネはこのことを口走ったがために陵辱されたのである。
オルバンは彼のような水の魔法使いが嫌いらしいが、奴隷であるティスに同じ話しを持ち出された場合どちらをよりひどい目に遭わせるかは分からない。
気まぐれに与えられる優しさを覚えた今でも、ティスは自分の分をちゃんとわきまえていた。
オルバンという魔法使いの本質も十二分に知っている。
彼は支配者であり、ティスを玩具として可愛がっているに過ぎない。
調子に乗ってそれを越えた振る舞いをすれば、たやすく焼き殺されてしまうだろう。
だからもちろん、オルバン本人には間違っても余計な質問をすることなど出来ない。
その点ザザという存在はまさに打ってつけだった。
オルバンにいじめられていた幼馴染は、当然子供のころの彼のことをよく知っているはず。
おまけに当時のことを今も恨んでいるザザは、常日頃から独りぐちぐちと不満を漏らしている。
水を向ければ色々としゃべってくれるかもしれないと、ティスは期待していた。
「どうって…………今と、変わらないよ。偉そうで、周りを見下して。だからいつも一人だったな」
期待に胸をふくらませるティスに、まだどこか警戒した風にザザはしゃべり出す。
「いつも……お一人、だったんですか」
ティスの頭の中に、少年だった頃のオルバンの姿が浮かんだ。
実際に知っているわけではないから無論あくまで想像でしかないが、今と変わらないというのならある程度想像は出来る。
誰より高い素養を持ちながら、よそよそしい同族の中超然と独りたたずむ黒髪の少年。
下手をすればいじめられ、卑屈に育ってもおかしくない生育環境と言える。
それをオルバンは持ち前の力で跳ね除けて生きて来たのだろう。
現在の性格を考えるとどうも行き過ぎてしまった感もあるが、ティスは胸のどこかがかすかに痛むのを感じていた。
オルバンだって始めから今の彼だったわけではないだろう。
寂しいと、つらいと、そう思ったことはなかったのだろうか。
「…………オルバン様は、火の魔法使いの中でも特別強いとお聞きしています。なのに他の皆さんは、あの方にあまり優しくはなかったと聞いていますが…」
「そりゃな、確かにあいつには素質があるよ」
憎々しげにザザは言った。
「長たちもあいつは天才だ、次の長候補だとか騒いでたらしいけど……でもお前の方がよく分かるだろう、あいつが集団をまとめる役に向いてるかどうか」
苦笑いでごまかしたティスだが、ザザの言葉には正直同意だ。
オルバンは人間を奴隷として見下しているが、かといって他の魔法使いに優しいわけでもない。
水の魔法使いは総じて嫌いらしいが、かつて自分を冷たく扱った火の魔法使いに対しても冷ややかな態度を崩さない。
地についても腑抜けだどうだと馬鹿にしていた。
風については特に聞いたことはないが、グラウスのこともあり好意を持っているとは考えにくい。
要するに人間だろうが魔法使いだろうが、好きなものは好き、嫌いなものは嫌い。
そういう思いを何ら隠すこともなく、平気で相手に対して言ってしまう。
人の下には付けない男だが、かといって集団をまとめる役に向いているとも思えない。
つまりは単独行動しか取れない性格なのだ。
例外があるとすれば、オルバンが側に置けると判断した相手に限られるだろう。
だが自分という基準以下を認めることのないオルバン自身、火の申し子と呼ばれる天才なのである。
ティスが知る範囲で彼が認めた相手といえば、僭越ながら自分を除けば後はディアルぐらいではないか。
「だけど…………オルバン様にも、例えば、お友達とか……」
「友達ぃ?」
よっぽど予想外の言葉だったらしく、ザザは変な声で聞き返した。
「馬鹿なこと言うなよ。いるわけないだろ、友達なんか」
「そ……、それは……あのでも、ザ、ザザ様とかは、例えば………」
「オレ!?」
これまた予想外だったらしい。
ザザは眉のない瞳を大きく見開き、ぶるぶると激しく首を振った。
「冗談じゃない、オレはあいつに散々いじめられたんだぞ! 新しい魔法を考えたとか言って、オレを実験台にしたり……!」
わめくザザの話を聞いていると、ティスとしてはオルバンなりに彼に構っているようにも思える。


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