炎色反応 第六章・7
「…………あいつは本当、昔からそういう奴だったよな……」
ティスの言葉が脅しなどではないことは、ティスより先にオルバンにいじめられていたザザには分かるのだろう。
しみじみとうめく声には深い実感がこもっている。
改めてオルバンという魔法使いの恐ろしさを感じたティスだが、ふとその胸の奥に苦い感傷が蘇った。
一人だけ、オルバンの目前からティスをさらうという暴挙に出ながら命拾いをした者がいる。
イーリック。
優しい彼の瞳の奥に見た欲望までも思い出してしまい、ティスはぞっとして小さく身を震わせた。
その時だった。
唐突に部屋の扉が開いたかと思うと、いきなりオルバンが姿を現した。
ザザと下らないやり取りをしている間に気付けば結構な時間が過ぎていたらしい。
ぎょっとする室内の二人を見回し、彼はにやっとして言う。
「お前もだいぶオレのことを理解して来たみたいだな、ティス」
「え、え?」
「それだけオレのことが分かっているなら、わざわざザザに体を使ってまで余計なことを聞く必要はないだろう」
一瞬の間の後、ティスはもちろんザザまで青ざめた。
どうやらオルバンは、自分がいない間二人が何の話をしていたか全てお見通しらしい。
「ちがッ、オルバン、オレはッ」
慌てて弁解を始めようとするザザを無視して、オルバンは室内に入って来る。
その後に続いた人影を見た時、ティスは心底驚いて思わず大声を出してしまった。
「…………ディアル様、レイネ様!」
長身のオルバンよりなお背の高い、やや浅黒い肌をした地の魔法使い。
艶やかな長い銀の髪が美しい、白皙の美貌を持つ水の魔法使い。
彼ら二人が連れ立って、オルバンの後から部屋に入ってきた事実にティスはあ然としてしまう。
百歩譲ってディアルは分かる。
風の魔法使いの脅威を、自分たちに伝えてくれたのは彼なのだから。
地は中立と言いはしても、彼はグラウスの存在に危機感を抱いているに違いない。
人間の王宮に探りを入れていて、たまたまオルバンと出くわすというのは不自然ではない。
だがレイネは一体どうしたのだろう。
オルバンに手酷い陵辱を受けた彼は、二度とこの男に会いたくないに違いないのに。
訳が分からず、混乱しているティスを見てディアルはふ、と笑った。
長い足を動かし、あっという間にこちらに近づいて来る。
「元気だったか、ティス」
武骨で寡黙な、オルバンとはまた違う意味で近寄りがたい彼の顔は笑うととても優しく見える。
大きな手が伸びて来て、自然に頭を撫でられた。
「少し痩せたんじゃないのか」
当たり前のような気遣いの言葉が胸に染み込んでくる。
同時にティスは、彼の守りに命の危機を脱したことを思い出した。
「ディアル様! あのっ、ありがとうございます。あなたが残して下さった力で、オレ、助かりました!」
急な台詞にちょっとびっくりしているディアルに、ティスは頭を下げながら付け加える。
「この間、怖い魔法使いの人と、色々あって…………その時地の守りが発動して、オレ、助かったんです」
「それは……そうか。それは良かった」
小さく微笑む彼の顔は、だがどこか険しい。
「怖い魔法使い、な…………グラウスの手先か、オルバン」
ディアルが振り向くと、室内にあった椅子に腰掛けていたオルバンがにやっと笑う。
「火のヴィントレッド。オレとは違う火の集落出身の魔法使いが、可愛い兎ちゃんを食い殺そうとしてな」
大雑把な説明だが、ディアルはどうやらヴィントレッドの名に聞き覚えがあるらしい。
あいつか、と小さく吐く表情は更に険しくなった。
「お前も知ってるか、レイネ」
名を呼ばれ、室内に入ったきり立ち尽くしていたレイネがわずかに瞳を動かす。
彼の出現に驚くばかりだったティスは、レイネの表情が薄く強張っているのに気付いた。
「…………ええ。知っています」
平静を装った、静かなレイネの声。
だが美しい紫の瞳は室内の誰も見てはおらず、特にオルバンのいる方は絶対に見ようとしない。
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