炎色反応 第六章・8
よく聞けばその声もどこか棒読みというか、台詞としてあらかじめ考えていたものを読み上げているようである。
「かなり早い段階からグラウスの配下になった男です。放浪癖があり、自分勝手で、火の長たちには煙たがられていたようですが、そういう奴だからこそグラウスの仲間になったのでしょう」
妙に説明的な口振りに、室内には緊張感が漂い始めていた。
ディアルが少し心配そうな目付きになってレイネのことを見つめている。
事情を知らないはずのザザも、不穏な空気を読んだか様子を伺うような目付きになっていた。
白々しい空気の中、ぎし、と大きな音が響く。
全員がはっと振り向くと、わざとのように寝台に手をついたオルバンが口元に薄い笑みを浮かべていた。
「そんなにオレが怖いか、レイネ」
レイネがびく、と肩を揺らす。
ディアルが何か言い出す前に、オルバンはこう続けた。
「無理をして、ここまで付いて来なくても良かったんだぜ。話を聞くならディアルだけで構わなかったはずだ」
「…………いいえ」
硬い声でレイネは応じた。
「グラウスの件には、水の魔法使いも大勢関わっていると聞いています。同胞の暴走を見過ごすことは出来ません」
口調は丁寧だが、言葉一つ一つにぴりぴりしたものが混じっている。
おまけに彼の目はまだオルバンを避けている。
それはすなわち、レイネがオルバンから受けた陵辱の傷痕が完全には癒えていないことを示していた。
だがそんな態度は多分、オルバンの嗜虐心を誘うことにしかならない。
案の定、金の瞳が危険な光を帯び始めたのにティスは気付いてしまった。
波乱の予感にはらはらしているところに、素早くディアルの牽制が飛ぶ。
「オルバン、レイネをからかうのはやめろ」
有無を言わさぬ力を秘めた彼の声が、ぴんと張り詰めた空気を打ち砕いた。
「レイネの言う通り、グラウスのところには水も大勢いるんだ。こいつがいた方が通りやすい話もあるだろう」
オルバンはまだにやにやしたままだったが、いったんは出そうとした言葉を引っ込めた。
やはりディアルのことは多少認めてはいるのだろう。
あるいは風のグラウスの一件という大事を前に、さすがに揉めごとを起こすことはないと思ったのか。
どちらにしろティスがほっとしていると、同様にほっとしたらしいザザがこう言い出した。
「あの……ところでさ。ディアルは名前だけ知ってるけど誰、お前。男…………だよな?」
声を出さなければ女性と見紛うばかりの美貌を持つレイネのことが、どうもザザは気になっているようだ。
本心としては彼とオルバンの関係も興味があるのだろうが、そこまで突っ込むのはまずいと思ったのだろう。
「こいつはレイネ。水の魔法使いだ」
レイネを庇うよう、ディアルは彼に代わって答える。
「オレたちもお前のことをよく知らないんだが。オルバン、こいつは?」
今度はオルバンが簡潔にザザについて言った。
「ザザ。オレと同じ集落出身の魔法使いで、つい最近までグラウスに従っていた」
「なに」
にわかにディアルの眼光が鋭くなる。
それを見てザザはうろたえ始めた。
火の魔歩使いとしてオルバンが有名であるように、ディアルも名の知れた地の魔法使いなのだろう。
ザザも名だけは知っているとさっき言ったばかりだ。
いじめられっ子の悲しい性とも言うべきか、そういう相手の機嫌を損ねたと感じると一気に腰が引けてしまうらしい。
「い、いや、オレは従っていたというか……でも実際、会ったこともないし」
「グラウスに会ったことはなくても、カービアンとかいう側近には会ったことがあるんだろう?」
いじめっ子の代表格とも言うべきオルバンが、含み笑いを浮かべて付け足してくる。
「相方の赤毛に逃げられた以上、グラウスについてオレたちが聞くべき相手はお前しかいないんだ。何でもしゃべってもらうぜ、ザザ」
「しゃ、しゃべってって……お前っ、大体王宮に様子を探りに行ったんじゃなかったのかよ!」
もっともな一言をザザはわめいた。
「必要なことは教えてやっただろうに、情報が取れなかったからって……いててててて!」
いきなり彼が悲鳴を上げた。
オルバンの指先で風の精霊石が光っているのが見えたので、また何かの魔法で仕置きを加えたらしい。
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