炎色反応 第六章・9
「勘違いするな。こいつらと出くわしたんで、いったん仕切り直しをするために戻ったんだ」
オルバンがあごをしゃくれば、そっとレイネの側に寄ったディアルが説明を始める。
「オレたちも風のグラウスの動向を探りに、王城の側に行っていたんだ。そこにたまたまオルバンが来たんで、お互いの情報を交換しようという話になってな」
それを受けてオルバンも言い添える。
「グラウスも馬鹿じゃないだろうからな。オレたちみたいな力を持つ魔法使いが、ぞろぞろ集まってちゃさすがに目立つ」
どうやらディアルもレイネと共に、独自にグラウスを探っていたようだ。
そこにたまたまオルバンが行き合わせ、いったん情報交換の場を持とうという運びになったらしい。
「と言っても、実際互いに持っている情報は同程度のようだがな」
ディアルがため息を吐けば、オルバンはザザにわざとらしい視線をくれながらこう言った。
「正直こいつが持ってる情報も大したものじゃない。これ以上痛め付けても効果は薄いだろう」
「おい!」
あんまりな言いぐさに、ザザが抗議を始めた。
「じゃあ何しに帰って来たんだよ!」
「だから仕切り直しだと言ってるだろうが、馬鹿」
蔑むように言ったオルバンだが、少し笑っている目はなぜかディアルを見ている。
「ディアルがティスに会いたがっている風でもあったしな」
「……まあ、会いたいと言うか、ずっと心配はしていたんだ」
苦笑いするディアルに名を呼ばれ、しばらく話に加われず傍観者に徹していたティスは慌てて頭を下げた。
可愛らしいしぐさに表情を和らげたディアルの目は、なぜかレイネの方を一瞥して口調を改める。
「積もる話は色々あるが、差し当たってグラウスの件を片付けないとな。ざっと作戦会議と行くか。オルバン、隣に移動するぞ」
「ああ。それじゃ行くか、ザザ」
したり顔でうなずいたオルバンの指先で風の精霊石が光る。
見えない糸がザザの手足に絡み付き、下手な操り人形のようなしぐさで彼は扉の方へと強制的に向かされた。
「オルバン! 何でオレ、ちょっと、うわわわわわ!」
話を聞いても意味がないなどと言った舌の根も乾かぬ内にこれである。
ザザでなくとも怒ろうというものだが、その横でディアルも奇妙なことを言い始めた。
「レイネ、お前はここにいろ」
それを聞いてレイネが戸惑った声を出す。
「ディアル、私も…」
「いいからここにいろ。ティスは魔法使いじゃないんだ。王城に近いここでは、一人にしない方がいい」
またも有無を言わさぬ口調で言ったディアルの目が、今度はティスの方に向く。
そこにある表情を敏感に汲んで、ティスもレイネにこう言った。
「あの、ご面倒とは思いますけど、よ、よろしくお願いします」
たどたどしい台詞を聞くレイネの顔に、何か騙されたような恨めしさが浮かぶ。
けれど結局、彼は分かりましたと言った。
「…………心配をかけてしまっているようですね」
ティスと二人きりになったレイネは、ゆっくりとベッドに座りながらそう言った。
ティスはただ困ったように笑うだけだが、レイネも自分で分かっているだろう。
元々白い彼の顔は、今は病人のそれに近い。
オルバンと出くわしたのは、互いに予想外のことだったはず。
強姦された心の傷も癒えぬまま、彼は加害者に出会ってしまった。
気丈なレイネはディアルに心配されながらも、ここまではいっしょに来た。
だがオルバンはあの調子である。
何でもないような風に振舞いながらも、レイネの心の傷は広げられていく一方だっただろう。
ディアルもレイネの意思を尊重したかったのだろうが、そうばかりも言っていられないと悟った。
だからティスをだしに使い、レイネに言い訳を与えたのだ。
オルバンといっしょにいなくても済むように。
この場合ザザがとんだとばっちりとも言えるが、ディアルが同席しているのならそこまで手酷くいじめられることはないだろう。
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