炎色反応 第六章・10



「ええ、と……お久し振り、です」
迷った末、ティスは今更のような挨拶をしてしまった。
レイネもティスの複雑な気持ちは分かっているようだ。
ふう、とそれは大きなため息とともに、こんな言葉を彼は吐き出した。
「………………よく、あの男といっしょにいられますね」
今日は妙にこの手の台詞を言われる日だ。
だがティスとしてはむしろ、オルバンがここで手を引いたのは彼なりに優しい対処だったような気さえしていた。
あくまでオルバンが基準の優しさの見せ方だが、彼はディアルよりもレイネよりも強いのである。
本気でレイネを虐げるつもりなら、いくらでもやりようはある。
ただしレイネの側からして見れば、オルバンといっしょにいるだけですでにいたぶられている気分ではあるだろう。
しかしそれならば、オルバンの言う通りわざわざここまでついて来ることはなかった。
もっともオルバンが挑発し、誇り高い彼がついて来ざるを得ないように仕向けたのかもしれないが…
あれこれと考え込んでいるティスに、レイネは気を取り直したように言った。
「ディアルの言う通り、痩せたような気がしますよ。体は大丈夫ですか、ティス」
にっこりと微笑むその顔は、ティスも思わず見惚れてしまうぐらい優しく美しい。
こうして笑えるぐらいには心の傷も癒えたのだろうと思うと、ある意味同じ被害者であるティスとしてはほっとしてしまった。
「ええ、あの、大丈夫、です。オレ、結構丈夫なんで……」
「そのようです。……あの時は、本当にすいませんでした」
突然謝られてティスが驚いていると、彼は伏目がちに続ける。
「あなたがどう思っているかも聞かずに、独り善がりなことをして……反省しています」
「いえっ」
殊勝なレイネの言葉にティスは慌ててしまった。
確かに最初に会った時、レイネは一方的な態度で襲いかかって来た。
だがティスが無理やりオルバンに慰み者とされ、連れ回されているのは事実なのである。
あれが、というような好色な目で見られるばかりだったティスにとっては、真っ直ぐすぎるレイネの思い自体に不快感を持ったことなどない。
オルバンの策略により、イーリックに犯された後だったから余計に。
「う、嬉しかったです。オレ、レイネ様にも、ディアル様にも良くして頂いて……」
「……ですが」
「あの、本当に、気にしないで下さい。レイネ様こそ………」
譲り合いの末、ぽろりと出してしまった言葉にティスははっとする。
しかしレイネはほろ苦い微笑を浮かべ、こう言った。
「いいのです、ティス。知っているんでしょう? 私がオルバンに、何をされたか」
「……あの……」
言葉に詰まるティスに、彼はゆっくりと言う。
「後でディアルに色々と聞きました。無論許そうとなどは思っていませんが…私にも至らない点があったことは認めます。少なくともあなたの意思を聞かなかったことは、完全に私の落ち度です」
真摯な態度でそんな風に言われては、ティスも次の言葉に困ってしまう。
なまじレイネに対し好意を持っているだけに余計気まずかった。
二人、微妙な空気の中何となく無言でいる内にまた部屋の扉が鳴った。
驚いてそちらを見れば、何だかぐったりした様子のザザが室内に入って来る。
後ろにオルバンとディアルもいるが、二人はこちらに来る様子はなかった。
「オレたちはもう一度王宮を探って来る」
ディアルは言うと、レイネに軽く目配せした。
「お前はここでザザを見張っていろ。精霊石は取り上げてあるから大したことは出来ないと思うが、まだ逃亡を諦めたわけじゃなさそうだからな」
「暇ならちょいといたぶってやってくれても構わないぜ?」
にやっとしてオルバンが言えば、レイネはかすかに顔を強張らせながらもしっかり彼を見て答えた。
「分かりました。ティスは私が守ります。でも二人とも、十分に気を付けて下さいね」
更に気遣いの言葉までを口にする、その気丈さにディアルは少し複雑な顔で微笑んだ。
「お前たちこそ気を付けろ。夜明けまでには戻るつもりだが、何かあればすぐに知らせるんだぞ」
「お前も気を付けろよ、ティス」
早くも好戦的な表情になりながらオルバンが言う。
「オレがいないからって、誰にでも足を開くんじゃないぞ」
露骨な台詞はどちらかといえば、ティスへよりもザザへのものだ。
「し、しません……」
ティスとしてはむしろレイネがどう思うかびくびくしながら、恐る恐るそう言った。


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