炎色反応 第六章・11
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多分ディアル辺りがレイネのことは簡単に紹介したのだろう。
ザザまで加わって余計に室内の雰囲気が微妙になるかと思ったが、そうでもなかった。
「あなたはオルバンの幼馴染なんですか」
びっくりしたようにレイネが言えば、ザザはそうだよ、と気安く答える。
「あの野郎、ちっとも変わってない。昔から偉そうで、傲慢で、周りを見下してさ」
ふてくされたように言うザザを、レイネは何だか物珍しそうに見つめている。
「そうですか…………あの男にも、幼馴染なんていうものがいたんですね」
ふう、とため息を吐く彼の瞳は今度はティスを見る。
「ティスが側にいることを望むぐらいですから……何かは、あるのでしょうね。確かにいい意味でも悪い意味でも人目を引く男ではありますが……」
「オレは幼馴染なんていいものじゃない! 単にいじめられてただけだ!」
わめいたザザは、憤然とティスを見て言う。
「こいつはほら、オルバン仕込みの淫乱だからな。あいつにぶち込まれてひいひい言ってるんだから、そりゃ」
「ザザ様っ!」
顔を赤くしてティスが割り込めば、レイネも目元を赤くして咳払いする。
「…………まあ、でも、私からして見れば、あいつの側に長い間いられるだけですごいことだと思いますよ」
実感のこもった言葉に対し、ザザがこんな風に答えた。
「オレからして見れば、不動のディアルをああやって動かすあんたも相当すごいと思うけどな…」
何やら今までの経緯をディアルに聞いたのだろう。
ティスも興味のあることだったので、二人の話に加わろうと身を乗り出した、その時だった。
いきなりザザとレイネの顔が強張る。
ほとんど同時に立ち上がった二人は、だがレイネは窓際へと移動し、ザザは壁際へと後退した。
「これは……」
「ヴィントレッドだ!」
いぶかしげな声を出したレイネの背後で、手足をばたつかせながらザザが叫んだ。
「あっあいつっ、ここを嗅ぎ付けたんだ……! 嫌だ、いや、ころっ、殺されるッ!」
人目もはばからぬザザの醜態を尻目に、レイネは無言で精霊石を青く輝かせた。
銀の髪がふわりと宙に浮き上がり、美しい横顔が緊張に鋭くなる。
「ティス、こちらへ。私から離れないで下さい」
「は、はい」
慌ててティスがレイネの側によると、彼は右手を半円を描くように旋回させた。
その動きに従って生じた水の壁が、二人の周りを守るように取り囲む。
一応、ザザもその円の中に入れてもらえたようだ。
彼も壁を離れ、おっかなびっくりレイネの側に寄り添った。
そこへ窓を突き破り、巨大な火球が衝突してくる。
水の壁により衝撃や破片などは全て弾かれ、内部にいた者に被害はなかったが、そのために費やされる力はかなりのものだったようだ。
「くッ」
見上げたレイネの顔がつらそうに歪むのを見て、ティスは背筋に走る震えを抑えられなかった。
ヴィントレッドは強い。
レイネが弱いとは言わない、しかし……
「へえ、噂以上の美人だな、水のレイネ」
怯えた耳に、ひしゃげた窓枠に足をかけ登場した男の陽気な声が聞こえて来る。
真夜中の闇の中、月明かりに長い赤毛が揺れていた。
ついこの間会ったばかりの火の魔法使い。
ザザの一応相棒だったヴィントレッドは、その相棒の怯えきった顔を上から覗き込むようにしてにやにやしている。
「ようザザ、元気そうじゃないか。てっきりオルバンにいたぶられてくたばった頃合だと思っていたが」
「う、う、うるさい、帰れっ!」
レイネの衣の後ろに必死に隠れようとしながら、ザザは声だけは威勢良く言う。
「なんだ、つれないな。せっかく迎えに来てやったのに」
「迎え?」
怪訝そうにザザが言うと、レイネは片手で彼を制しヴィントレッドをにらんだ。
「風のグラウス、さすがの早耳ですね。もう私たちのことを掴んでいたとは…」
まなじりを吊り上げた、恐ろしいほど冴え渡る美貌を前にヴィントレッドは小さく口笛を吹く。
「見た目に反して気が強い。聞いた通りだ。しかし残念だな」
言いながら、彼は突然レイネのすぐ横にいたティスの方を向いてにやっとした。
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