炎色反応 第六章・13
「……なるほど。自分たちの愚かさにも気付けないほど、洗脳されてしまっているというわけですね」
レイネの声は少し震えているようだった。
人と魔法使いの共存、それが水の魔法使いの一般的な思想。
オルバンが彼らを馬鹿にする最大の要因であるそれが、レイネの心の核でもある。
それを同族であるリオールに馬鹿にされれば、彼でなくても腹が立つだろう。
「グラウスの手先などに成り下がって……」
無念そうにつぶやいたレイネの指先で、水の石が輝きを増す。
ヴィントレッドとリオールも構えを取った。
「レイネ、今ならまだ間に合う。グラウス様に従え」
水の石を指先に輝かせながらリオールが言った。
「私もあなたに言います。目を覚ましなさい、リオール!」
互いに譲る気はないらしい二人の指先から、銀の奔流がほとばしる。
ある意味似た者同士にも思える彼らだからこそ、わずかな思想の違いが大きな隔たりとなってしまうのかもしれない。
だがリオールの側からはヴィントレッドの放った火、更にはグラウスの送った風が加算されている。
窓を破壊されたところで何とか頑張っていた宿の壁がついに崩れ始めた。
「うわわわわわっ!」
ザザが悲鳴を上げ、ティスも頭を庇いながら床に倒れ込む。
頭を庇った腕、その他全身に何か細かい破片が雨のように降り注ぐのを感じた。
何か大きな力が頭上を行き来している。
それだけは分かるが、恐ろしくて顔を上げられない。
宿屋や町の人々の悲鳴が、風と水と火の起こす嵐の中遠く聞こえる。
それに混じり、リオールの奇妙に上ずった嬉しそうな声も聞こえて来た。
「レイネ、お前は一度きちんと再教育し直す必要がありそうだな…」
寒気のするような何かを含んだその声と共に、一際強い力が押し寄せてくる。
床にかじり付くようにしていたティスの体が押し流され始めた。
「うわあ…………!」
ついにティスも悲鳴を上げ、体を丸め叩き付けられる衝撃に備える。
次の瞬間閉じた瞼の裏まで焼き尽くすような爆発が間近で起こり、宙に浮いた全身に衝撃が走った。
「オルバン様……!」
意識ごと吹き飛ばされていくような力の波の中、叫んだ彼の名もやがて消えていった。
***
目を開けると、見たことのない天井が見えた。
高い天井いっぱいに広がった精緻な浮き彫りがまるで目の前に迫って来るようで、目覚めの不安を余計に駆り立てる。
「レイネ様!?」
真っ先に気になった彼の名を呼べば、くすくすと笑う声が聞こえる。
「目が覚めたかい、ティスくん」
慌てて寝かされていたベッドから起き上がり、そちらの方を向いたティスは、見知らぬ白い部屋の中にやはり見知らぬ人影を見た。
中肉中背の、若い男である。
だがよくよく見ると、にこにこと優しそうな表情を浮かべているせいか年齢がどうも曖昧だ。
二十代と言われればそうだし、四十代と言われても受け入れてしまうかもしれない。
肩にかかる程度の柔らかに波打つ栗色の髪を揺らし、こちらを覗き込むその指先に緑色の指輪があった。
途端にティスは身を強張らせる。
こういう特徴を持った男には聞き覚えがあった。
「おや、私のことはもう知っているのかな。一応名乗っておこうか、風のカービアンだよ」
ティスの反応を呼んでかあっさり名乗った彼が、グラウスの側近と聞いているカービアン。
優男とは聞いていたが、思った以上に普通の男で逆に拍子抜けしてしまうぐらいだ。
圧倒的な存在感を放つオルバン、寡黙故に逆に迫力のあるディアル、凛としたまばゆいばかりの美貌を持つレイネなど、魔法使いという呼称に相応しい者たちに囲まれていたせいだろうか。
そんなことを考えていると、広い部屋に相応しい豪華な扉が左右に開く。
室内に入って来たのはヴィントレッドと、なんとザザだった。
「……ぁ…………」
ヴィントレッドの姿にびくっとしたティスだが、それ以上にザザがびくっとする。
すでに痛い目に遭わされたのかと、ティスが気遣わしげな目をすればヴィントレッドがにやにやし始めた。
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