炎色反応 第六章・14



「なんでお前がびくびくするよ、ザザ」
「い、いや……」
「まさかお前もこの兎ちゃんを食わせてもらって、情が移ったか?」
「ちが、馬鹿、違うよッ。オルバンの野郎は人に見せ付けるだけで、かっ、貸してくれなかっただからな!」
話が見えない。
混乱しているティスに、ヴィントレッドはわざとらしくザザの肩など抱きながら言った。
「なんだ兎ちゃん、変な顔をして」
「だって…………あの、ザザ様、……ええと、グラウス、様、に……その」
当面の敵であるとはいえ、グラウスも魔法使い。
それも強大な力を持つ敵である。
ましてや敵中にある状態では気軽に呼び捨ても出来ないかと思い、敬称を守りながらティスは続けた。
「ひどい目に遭わされたり……とか、してないんですか……?」
そこまで聞いて、なぜかカービアンがくすくすと笑い出した。
「なるほどなるほど、面白い子だね。斬新な発想だ」
屈託なく、子供のように笑う瞳はその指先にある指輪と同じきれいな緑色である。
だがその目を直視した時、ティスはぞっとしてしまった。
最初はまず状況に驚いていて、その次には思っていた像とあまりにも違う第一印象にごまかされてしまっていたのだろう。
しかし、一見優しそうなカービアンの瞳は実はオルバンやヴィントレッドなどと同じだ。
表情が笑っているのに目が笑っていない。
彼らのように見た目からして通常人とは違うわけではないのだが、今はそれが逆に怖く感じられる。
「今回の件、グラウス様は別にお怒りではないよ。こちらとしてはむしろ、あのオルバンが情報を得るためとはいえザザを無傷で生かしておいたということが意外なんだ」
にこにこと、だがやはり笑っていない目でカービアンは言った。
「噂に聞いた限りでは、歯向かった段階で焼き殺されてもおかしくなかったはずなんだけどね。ヴィントレッドの報告では、風の魔法を使えるようになった段階でも手傷一つ負わせることが出来なかったようだし」
穏やかな口振りながらも、カービアンの言葉は辛辣である。
うぐ、とか変な声を出しながらも二の句が継げない状態のザザを見もせず、彼はティスににっこりと微笑んだ。
「それとも君と出会って、オルバンは変わったのかな?」
「…………オ、オレなんて、あの方に何の影響も……」
思わず目を逸らし、ティスはしどろもどろにつぶやく。
本気でそう思えないから言っているのだが、カービアンは違う意見のようだった。
「謙遜しなくていい。このヴィントレッドも君のことを気に入っているようだしね……もちろんとても可愛いけれど、何かそれ以上の魅力が君にはあるんだろうな」
ふふふ、と彼は楽しそうに笑った。
さっきの嫌な感じがどんどん大きくなっていく。
同時に唯一この場にいない水の魔法使いたちのことがまた気になり始めた。
「レイネ、様は…………?」
恐る恐る聞いてみると、カービアンはさあ? と笑った。
「水のリオール、私たちの仲間が彼を説得すると言って聞かなくてね。あまり人には見られたくない説得の仕方をしているようだ」
再教育、とリオールは言っていた。
レイネにあからさまに執着していた彼の瞳にあった、加虐的な光が脳裏に蘇る。
おまけに見られたくない、とまで付けば、何をしているか分かろうというものだ。
「やめて下さい」
顔色を変え、ティスは三人の魔法使いに言った。
「レイネ様にひどいことをしないで下さい」
「はは、本当に可愛いな君は」
声を上げて笑ったカービアンは、ベッドから降りようとしているティスを楽しそうに見ている。
子供をあやすような態度に憤慨することも忘れ、ティスの心はひどく乱れていた。
散々オルバンにも他の男にも犯されてきた自分とレイネは違う。
ディアルの優しさによりようやくある程度ふさがったはずの心の傷を、無残にかき回されて平気なわけがない。
「あの方…………、え、えっ?」
ベッドの縁に置いた手が、突然全く動かなくなった。
驚いたティスの目の前で、右手が、左手が、そして両方の足が勝手に動く。
なめらかな動きで全身がベッドの上、仰向けの状態に戻ってしまった。
仰天しているのはティスの意識だけである。
レイネのことも頭から飛んでしまい、ただただ驚いている少年の顔を微笑みながらカービアンが覗き込んで来た。


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