炎色反応 第六章・18
「操糸(そうし)。相手の肉体に入り込んで、自由に操るかなり難しい魔法なんだ。僕はまだ魔法使いになって間もない。制御が甘い部分があるから、下手をすると君の筋肉や神経に傷を付けてしまう」
確かにあのカービアンなどにされた時より、体に感じる違和感が強い。
気絶していたせいもあるかもしれないが、さっきはなぜ体が勝手に動くのか全く分からなかった。
今はこの腕の中、魔力により生まれた異物が入り込んでいることが感覚で分かる。
だがそれが分かること自体が別の恐怖となっていた。
カービアンのような熟練した技能により、訳が分からないまま操られるのはもちろん恐ろしい。
しかしこうも露骨に異物で操られ、おまけに下手に暴れればどうなるか分からないというのも怖くてたまらない。
ティスの怯えを汲み取ってか、イーリックは優しい声で言う。
「もちろん、君がおとなしくしていてくれればこんな魔法なんか必要ないんだよ。僕は君を実験台に使うつもりはないんだから」
今度はオルバンを意識したような台詞を彼は言った。
オルバンたちがいなくなったのを見計らったような間合いで襲撃を受けたこともある。
もしかするとグラウスの配下たちは、もっとずっと前から自分たちのことを見張っていたのかもしれない。
改めてぞっとしながら、ティスは一番肝心と思える質問を恐る恐る口にした。
「イーリックさんは、魔法使いだったんじゃ、ないですよね……?」
今更の確認に、イーリックは穏やかに笑って首を振る。
「魔法使いって、う、生まれ付き、決まってるんじゃ、なかったんですか……?」
びくびくしながら質問を重ねると、彼はそうだよと言った。
「精霊石を抱いて魔法使いは生まれて来る。でも、死ぬ時魔法使いは石を残して死ぬんだよ」
初めて聞く話にティスが驚いていると、イーリックは三つの指輪をその前にかざして続けた。
「死んだ魔法使いの遺した石は、それぞれの属性の長たちが管理している……それを使ってグラウス様は、普通の人間を魔法使いにする方法を開発したんだ」
手に入れた力に酔ったような、陶酔の光がその瞳に浮かぶ。
怖くなって身を引こうとしたティスだが、両腕といつしか両足にも入り込んだ風の魔法がそれを許さない。
身を引くどころか、ティスの体は勝手に後ろ向きにベッドに倒れ込んでしまった。
微笑んだイーリックがその上に乗りかかってくる。
「い、嫌だ……!」
自由な喉で叫んでも、何の役にも立ちはしない。
楽しそうな表情をしたイーリックはまたティスへ口付け始めた。
「んっ、……んっ……」
深く舌を入れられ、執拗に口腔をまさぐられる。
散々犯されて来た体だが逆に口付けは経験が少なく、ティスの息は簡単に上がってしまった。
「ふぁっ…………、は……」
時折唇を離されるたびに、湿った隙間から苦しげな吐息が漏れる。
辛うじて動く指先がぎゅっと敷布を掴んだ。
「あ……、あ! い、いやッ」
イーリックの唇が首筋へと移る。
薄い皮膚をきつく吸われ、ティスは泣きそうな声を上げた。
イーリックの手はその体の線を確かめるように、両肩から脇腹、腰へと動いていく。
「ああ、やっぱり、君は本当に可愛い…」
口付けの雨を降らせるかたわら、彼はうっとりとつぶやく。
「嫌、イーリックさんやだ! オレイーリックさんとはこんなことしたくない!」
またもイーリックに犯される恐怖に駆られ、ティスは必死に叫んだ。
それを聞いたイーリックは、身を起こしティスの顔をじっと見下ろして言う。
「分かってるよ」
乾いた響きには、それまでとはまた別の怖さがある。
風の魔法ではなく、その声にぎくりとしてティスは動けずにいた。
「ティスは、魔法使いが好きだものね」
魔法使いになった青年の右手、青い石と緑の石が同時に輝き始める。
「それも傲慢で残忍な、人の気持ちなんかまるで構わないような最低の男が」
茶の目の奥に冷たい炎が燃えている。
周囲を凍り付かせるような空気を放つ彼の側に、唐突に出現したものたちがあった。
意思ある者のように動く、これは水流だ。
うねうねと蠢く水の流れが、何本も絡み合うようにして二人を取り囲んでいる。
水で出来た触手を生み出したイーリックは、絶句しているティスを見つめてそれは優しく笑った。
「さあ、全部きれいにしようね、ティス」
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