炎色反応 第六章・21



イーリックが動いたために、彼の肩から落ちた腕は力なく敷布の上にあるまま。
泣き顔を隠すことも許されない今は、年よりもっと幼い子供のように泣きじゃくることしか出来なかった。
潤んだ瞳をイーリックが覗き込んでくる。
そこへ顔を寄せた彼は、濡れた目元で光る涙をそっと舌先で舐め取った。
「そんなに泣かないで、ティス。泣き顔も可愛いけどね」
整った顔立ちに浮かぶ優しい笑みは、ティスもよく見知ったものだ。
でもその唇から出る言葉には、夢にも見なかったものが多すぎる。
「オルバンは、もっとひどいことを君にするんだろう?」
イーリックはそう言うと、ティスの両足の間に体を割り込ませた。
「そしてティスは、口では嫌と言いながらあいつに犯されてよがるんだ」
開かれたままの足首を大きな手が掴む。
持ち上げられ、胸の方に向かって折り曲げられてティスは息を呑んだ。
それこそ口だけでも嫌、と言いたい。
なのに今のイーリックに拒絶の言葉を言うのが怖かった。
「今回は追い払っただけだった。けれど、次にもう一度来るのなら今度こそ容赦しない」
低い声でつぶやきながら、イーリックは足首からふくらはぎへと指を滑らせていく。
「や、だ……」
蚊の鳴くようなか細い声がティスの喉から漏れたが、次の瞬間その顔が強張った。
足の中に入った風の魔法が、不自然な体位を固定してしまう。
イーリックは手を離し、その手を自分の服にかけた。
鈍い銀色をした騎士団の鎧が取り払われていく。
上半身に着けていたシャツも脱ぎ捨て、見た目の印象よりもがっしりとした男らしい胸板が露になった。
元から彼は細く見えて案外しっかりした体を持っている。
だが、覚えているより一回り逞しく見えるのはティスの錯覚ではあるまい。
あのオルバンでさえ、風の魔法を使うために日々実験まがいのことを繰り返しているぐらいなのだ。
ただの人間だったイーリックが、それも三種類もの魔法を体得するまでに一体どれだけの努力を重ねたのだろう。
しかも彼が力を得ようとした理由は、控えめに見ても八割方ティスを我が物にするため。
それを思うとティスの胸は、切なさや物悲しさにぎゅっと締め付けられる。
イーリックにはいつまでも、優しく暖かい兄でいて欲しかったのに。
「何?」
見上げるティスの視線に気付いてか、イーリックは金の髪を軽くかき上げてゆったりと笑う。
こんな風に見るのでなければ、素直になんとさわやかな笑顔だと思えるだろう。
オルバンとは対極にある、彼は絵に描いたような好青年のはずだった。
だが今の彼の口から出る言葉は、ある意味オルバンのそれに近い。
「早く欲しい? ティス。分かってるよ。君が欲しいだけ、注いであげる」
ベルトを緩めたイーリックは自分のものを取り出した。
とっくに硬くなり切っているそれの先を、むき出しにされたティスの尻の谷間にすり付ける。
オルバンやディアルほど大きくはなくても、彼のものだというだけで体が強張ってしまう。
「やめて……や、やだ…………」
怯えるティスの顔を楽しそうに見ながら、イーリックは片手をその太腿の上に置いた。
「最もディアルはとにかく、オルバンはもう来ないかもしれないね。ティスをおもちゃにして楽しむような奴だ、面倒事には関わりたがらないんじゃないかな」
そんなこと、イーリックに言われるまでもなく分かっている。
だけどだからこそ、ティスの胸はちくりと痛んだ。
心に出来た小さな傷に、イーリックの優しげな声が染み込んでいく。
「あいつのことは忘れるんだ、ティス。これからは、僕が君を満足させてあげるよ」
大きな手が尻肉を割り開く。
濡れて潤んだ穴に、臨戦体勢の男根が押し当てられた。
「愛してるよ、ティス……」
入って来る瞬間、誓うような言葉をイーリックがつぶやいたのが聞こえた。
ぬぷぬぷと音を立て、彼のものがひくつく肉穴の中に埋まっていく。
「やっ……! あ、ぁ…………!」
ついにイーリック自身に犯される衝撃に、ティスは瞳を見開いた。
その上これだけでは済まされなかった。
異質な気配が二人の周りで蠢き始める。
冷たい飛沫が飛んで来たことに驚けば、さっきの水流がまたティスの体のすぐ側に出現していた。


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