炎色反応 第七章・4
一人きりになったティスは、食事どころか服を着る気にもなれずしどけない姿でベッドに横たわる。
ここに連れて来られてからどれぐらい経つだろう。
朝も昼もなくイーリックに抱かれ、しばしば意識を失ってしまうような生活はティスの時間の感覚を狂わせてしまっている。
けれど少なくとも、十日かそれ以上は経っていることははっきりしていた。
大きく取られた窓からは、清々しい陽光と美しく整えられた花と緑の庭園が覗いている。
そうと希望すれば、多分この庭を散歩するぐらいは許されるだろう。
だが高い城壁を越え、王宮の外に逃げ出すことは絶対に叶わない。
二度試みて、二度ともびっくりするほど簡単に捕まってしまったのだから。
今何の策もなく逃亡を試みても、イーリックの嗜虐心を望んで誘っていると思われても仕方がないだろう。
それどころかはたから見ていれば実に優雅な生活をしている、と見られるかもしれない。
田舎の村で生まれ育ち、後オルバンの奴隷となったティスにとって王宮での生活は夢の世界だ。
性交の際以外は限りなくイーリックは優しく、着る物も食べる物も最上級と思われる物を惜しみなく与えてくれる。
そして彼は、他の誰にも決してティスに触れさせようとしない。
野宿も当たり前、面白がって見知らぬ男に平気でティスを抱かせるオルバンとの差は一目瞭然だった。
「…………でも、オレ……」
オルバンのことを忘れ、イーリックのことを好きになる。
それだけで楽になれると嫌と言うほど思い知らされて、けれどどうしても首を縦に振れない。
その時戸口でかたっという音が聞こえ、ティスは首を竦めながらそちらを見た。
イーリックが戻って来たのかと思ったのだが、そうではなかった。
真っ赤な長い髪と瞳が目を射る。
どこかオルバンと共通項のある火の魔法使い、ヴィントレッドが室内に入って来たのだ。
太い腕を腰に当て、しげしげとティスを眺め回すと彼はいやらしく口元を緩ませた。
「目の保養だな、兎ちゃん」
にやっとした彼にそう言われ、そういえば全裸だったと気付く。
慌てて手近の薄い掛け布団を引き寄せ、体に巻きつけるとヴィントレッドはけらけらと笑った。
「今更恥ずかしがるなよ、知らない仲じゃないだろうに」
一度と言わず数度自分を貫いたことのある男の言葉に、ティスは顔を赤らめてうつむいた。
「……あの、何を…………イーリックさんなら……」
「いないんだろう? 知ってる。あいつが出かけたのを見計らって来たんだからな」
微妙な言い回しに驚くティスの側に、彼は大股に近付いて来る。
「ちょっと見ない間にまた色っぽくなったんじゃねえのか。色男に可愛がられて、幸せなことだなあ」
台詞の内容とは裏腹に、口調には刺があり口元には皮肉な笑みがある。
多分ヴィントレッドはイーリックのことが気に食わないのだろう。
自尊心の強い火の魔法使いである彼から見れば、言うなればずるをして同格以上の力を得たイーリックに苛立つのか。
あるいは単に、生来の気質が正反対のために虫が好かないだけか。
何と答えればいいか分からず、うつむきっぱなしのティスはふと思い付いたことに少しだけ顔を上げた。
「あの…………ザザ様とレイネ様は、無事ですか……?」
オルバンの存在を匂わせただけでイーリックはあの調子である。
他の者の安否まで口にするのが恐ろしく、ずっと聞けないままだった。
彼以外、例えば食事を運んで来てくれる侍女などは、話し掛けても事務的な返事しかしてくれない。
おそらく会話を禁じられているのだろう。
用事が終わると早足にまるで逃げ出すように去っていってしまう彼ら彼女らは、本来ただの村の子供であるティスが頭を下げるべき相手である。
囲われているような状態の自分について一体どういう風に思われているかと思うと、余計にいたたまれなくなってしまう。
「ザザぁ?」
一方、ヴィントレッドはティスの発言が相当意外だったようだ。
「ザザって、ザザはこっちに戻ったんだぜ?」
「えっ?」
素っ頓狂な声を出したティスに、一拍置いてヴィントレッドは吹き出した。
「おいおい忘れちまったのか! ザザはオレの一応相棒で、グラウスの手先なんだぜ? 顔も見ただろうよ、一回」
改めて教えられ、ティスは自分の思い込みの激しさに真っ赤になってしまった。
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