炎色反応 第七章・7



性急な行為の理由の一つには、時間がなかったということもあるのだろう。
自分だけ服を直し、すぐにイーリックは部屋を出ていってしまった。
戻って来たらもっとひどくしてあげるよ、そう言い残して。
怒りと嫉妬をぶつけるような情事の名残は、ティスの体中にくっきりと刻み込まれている。
いつもなら中出しの後始末ぐらいしてくれるのに、今日はそれすらもないままだ。
口に押し込まれていた布はもうないが、手は縛られて放置されている。
外す努力をする気力も沸かず、疲れきっているせいか眠りに落ちることさえ出来ない。
それでもこの状態では、横たわっていることしか出来なかった。
時々目を開け、思い出したように室内や窓の外を眺めてからまた瞼を下ろす。
ヴィントレッドの言う通りだ。
ザザやレイネの心配をしている場合じゃない。
いつまでもこのままではいられない。
けれどただの人間の子供でしかない自分に取れる、改善案は一つだけ…
「…………オルバン様……」
口にすることさえ今では憚られる主人の名を呼び、ティスは敷布に顔を埋めた。
倒した、でも殺した、でもなく追い払ったとイーリックは言った。
それだけでも大したものだと思うが、とにかくオルバンは生きているだろう。
けれど、来てくれるかどうかはまた別の話だ。
愛玩していた奴隷をさらわれ、馬鹿にしていた人間に撃退されて引き下がるような男ではないとは思う。
オルバンを狙うグラウスもここにいるのだ、多分やっては来る。
ディアルもいっしょのはずだし、レイネを救うためにも彼が来ないはずはないとも思う。
けれど…………正直な話、時間が経ち過ぎている気はするのだ。
これ以上考えるのが怖くて、少し息苦しいけれどますます強く敷布に顔を伏せる。
どうしたらいいのか分からない。
逃げ出すことも出来ず、ただただ待つしか出来ないのがつらい。
その上何度も繰り返し、大好きだった人にひどいことをされて、好きになれと言われて。
自分でも、実際彼に心移りしてしまわないのが不思議だった。
情交の際以外はイーリックは昔のままなのだ。
昔より優しいとさえ言える。
オルバンや他の男の存在さえ匂わさなければ、だが。
「オルバン様……」
今は口にすることすら人目を盗まなければいけない名をそっと呼んだ、その時だった。
かたっという音が聞こえ、ティスはベッドの上で大きく身を竦ませた。
またイーリックが来たのかと思ったのだ。
だが扉を開き、姿を見せたのは意外な人物だった。
「おっと、これは失礼」
その実あまり驚いた風もなく言って、近付いて来る穏やかな物腰の茶の髪をした青年。
学者と言われてもしっくり来るような風貌の風の魔法使い、カービアン。
「失礼、ちょっと前を通りかかったものでね」
そう言いながらカービアンは、なぜか室内ではなく廊下の向こうを眺めているようだ。
だがすぐに視線をティスにやると、彼は中に入って来た。
「イーリックは随分がんばったようだねえ」
腕を縛られ、体中に吸われた跡を散らばらせ、太腿には生乾きの精液が貼り付いている。
絵に描いたような手酷い陵辱の痕跡を見られ、ティスは顔を赤くした。
変に気を遣われても気まずい。
だがにこにこしながら毒気のない口調で言われると、それはそれでいたたまれなかった。
この状態では身を隠すことも出来ず、ぎこちなく体を強張らせたに終わってしまうティスの側に立ち、カービアンは至って普通の声で聞いて来た。
「まだオルバンのことが忘れられない?」
どうやら彼は、ティスがいまだイーリックの求愛に色よい返事をしていないことを知っているらしい。
答えなければいけないのか、どう答えたらいいのかとティスが迷っていると、カービアンはおっとりとした笑顔になって言った。
「いや、別にいいんだよ、私は。君がオルバンを選ぼうが、イーリックを選ぼうがね」
少々意外な言葉に戸惑いながら、ティスは彼を見上げた。
するとカービアンは、緑の瞳を楽しげにきらめかせて続ける。
「どちらかと言えば、このままの状態をしばらく続けて欲しいぐらいかな。君が抵抗すればする程、イーリックは力を使わないといけないだろうから」


←6へ   8へ→
←topへ