炎色反応 第七章・10
三つの指輪がはまった手が伸びて来た。
びくっと震えるティスの髪に絡んだ花びらを、彼の指先がそっと払う。
「ヴィントレッド様かな。それとも、カービアン様?」
「…………カービアン様、です」
ごまかしは利かない雰囲気を悟り、ティスは小さな声で答える。
イーリックが生まれ付きの魔法使いじゃないことはもちろん知ってるよね、と昼間カービアンは言った。
確かに彼は人間にしては強いよ。
頭もいいし、身体能力も高いし、何より目的に対して一途で貪欲だ。
けれど魔法使いじゃない。
そんなイーリックが魔法使いになって、元々持っていない力を行使するために何が必要だと思う?
穏やかなのに有無を言わせぬ雰囲気を併せ持った、いつもの笑顔で風の魔法使いは言ったのだ。
彼には私たちの方から声をかけたんだ。
オルバンの情報を探している時に偶然見かけてね。
イーリックは君を傲慢な火の魔法使いから奪い返したいと言った。
だからグラウス様は、彼に魔法を使えるようにしてやろうかと持ちかけたんだ。
もちろんちゃんと説明はしたよ?
生まれ付いての力じゃないものを手に入れるんだ。
それなりの代償は必要だってね。
「…………魔法を、使えば使うほど、イーリックさんは…」
言葉にすることすら恐れるように、ティスの声は後になるほど弱々しくなる。
結局最後まで言えなかった言葉を、イーリック自身が静かな声で付け足した。
「そうだね、魔法を使えば使うほど僕の命は削られていく」
聞き間違えようのない一言に、同じ事をあっさりと口にしたカービアンの顔が思い出された。
しかも石一つだけじゃなく、三つだからね。
君のご主人様に対抗出来るだけの力を彼は求めていたから、その分の代償も同じだけ大きいんだ。
彼の指にあるあれ、指輪に見えるだろうけど、実は台座部分はおまけでね。
精霊石本体は指に埋め込んでいる状態になってる。
一つ埋め込むだけで、拒否反応で死んじゃうような人間も多かったんだけどね。
イーリックも風を埋めた時はああ死ぬかな、と思ったけど彼はがんばったねえ。
見事に三つの石を使いこなして、今では元からの魔法使いをも凌ぐような力を発揮している。
素晴らしい逸材だ。
彼のような資質の持ち主に、手段を選ばず叶えたい欲望を与えてくれた君には本当に感謝しているよ。
震えるティスを見下ろすカービアンの目は穏やかだった。
どっちだっていいんだよ、と語る言葉も穏やかだった。
だからどっちだっていいんだ。
君がオルバンを選ぼうが、イーリックを選ぼうが。
私たちだって彼は興味深い実験体になる、と思ったから力を貸したわけだからね。
私たちが作った魔法使いがどれぐらいの力を出せるのか、どれぐらいもつのか。
このままなら面白い結果が出そうだ。
「…………教えるつもりはなかったんだけどな」
仕方がない、という風にイーリックはため息混じりに言った。
「出来たらティスには、自然な気持ちで僕を選んで欲しかったから」
ほんのりと苦笑するその顔は、月明かり以外ない夜の中だからだろうか。
元々多少色の白い彼だが、今はひどく青白く見えてしまうのは果たしてティスの錯覚なのか。
「でも、こんな反応をしてくれるってことは、少しは僕のことを思ってくれているってことだよね。嬉しいよ」
のどか、と形容出来るような微笑みを浮かべる彼に対し、それこそどんな反応をしたらいいのか分からない。
一度思わず彼をにらむように見てしまった後、ティスはぎゅっと唇を噛んでまた目を伏せた。
「なんで、って思ってる?」
噛み締めた唇の内側、喉元で凝った言葉を読み取りイーリックはささやく。
「なんでここまでするのかって……それは、君のことが好きだからだよ」
「…………イーリックさんは…、そんなのじゃ、ない」
気を抜くと昂ぶった感情が堰を切ってしまいそうだ。
必死に言葉を選び、ティスは小さな声で彼の台詞を否定する。
「イーリックさんは、オルバン様に、引き、引きずられてる、だけ。オレと……してッ、オレが、淫乱だったから、それで、それで……!」
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