炎色反応 第七章・11



イーリックは優しい兄代わり。
大好きだった人。
残酷な火の魔法使いに連れ去られ、性の奴隷とされた自分のことを知りながら知らないふりをしてくれようとしていた。
……それなのにオルバンが仕掛けた罠にはめられ、自分を抱くような羽目に陥ってしまったのだ。
あれ以来イーリックは思い違いをしてしまった。
性欲と愛情を取り違えている。
素朴な村の暮らしでは決して知ることなどなかったはずの、異常な性体験が本来の彼を麻痺させてしまったとしか思えない。
調教されたこの淫らな肉体から得られる悦楽が、イーリックを変えてしまった。
彼が悪いんじゃない。
悪いのはオルバンと自分だ。
「お願いです。目を覚まして……嫌だよ。オレ、イーリックさんに死んで欲しくない……」
「違うよ」
だがイーリックは、全く動じた様子を見せずにそう言った。
「違う。僕は本当に、君のことが好きなんだ」
指輪のはまった手がまた伸びる。
ティスのあごを取った彼は、朧な月明かりに浮かび上がる可愛らしい顔をしげしげと見て言った。
「そもそも村のみんなも君のご両親も、君が盗賊に殺されてしまったものだと諦めてしまっていたんだよ」
ティスがいなくなったと青ざめた村人たちは、総出で付近を探し回った。
そして森の中、穴だらけになり殺された盗賊と思しき者たちとティスの引き裂かれた服を発見した。
遺体こそ見付からなかったが、辺りには火が燃えたような跡も残っている。
盗賊たちの死に様からも、誰か魔法使いがここにいたことは明らかだった。
きっとティスは、火の魔法使いに骨も残さず焼かれて殺されたのだと皆が想像した。
相手が魔法使いである以上、村人たちに復讐を果たせる可能性などあるはずがなかった。
ティスの両親も泣き崩れていたが、一人息子の生死よりも魔法使いへの恐れ、それに他の村人たちからの無言の圧力が勝ったのだろう。
捜索に出かける様子もなく、中身のない墓を建てたきり。
イーリックは哀れで臆病な彼らを責めこそしなかったが、どうしても納得出来なかった。
「僕は君が死んだなんて信じられなかった。だから探して、探して……」
手がかりを求め進む内、似たような容貌の少年を悪名高い火の魔法使いが連れ回していると彼は知る。
何の用途でそんな風にされているかということも。
信じられないと思いながら追いかけ、追い付き、オルバンに嬲られるティスの姿を目撃し愕然とした。
「前にも言ったね。僕は信じたくなかった。ティスがあいつに抱かれて悦んでいるなんて」
だから何も知らないふりをして、ティスをさらって逃げようと思った。
「でも僕が、血の繋がった兄でもないこの僕がだよ。魔法使いと渡り合う可能性があることを承知で、ああまで出来たのは………僕が最初から、君のことを弟以上に思っていたからだ」
あごを取っていた彼の手が、首筋を辿り鎖骨辺りへと降りて来る。
びくりとし、反射的にその手を払おうとしたティスの耳元にイーリックはこうささやきかけた。
「少しでも僕のことが好きなら、拒まないで」
とても小さな声だった。
けれどそれは今のティスにとって、どんな魔法よりも強い効果を持つ呪文だった。
これ以上激しく抵抗すれば、イーリックはティスを思い通りにするために魔力を使うだろう。
そのたびに彼は消耗していく。
そのことをティスはすでに知ってしまっている。
「…………ずる……い……」
瞳を閉じたティスは、ゆっくりと胸のかすかなふくらみを撫で始めた彼の手を意識しながら泣きそうな声を漏らす。
こんなのはずるい。
こんなのは卑怯だ。
イーリックだって知っているはずなのに。
彼と同じ「好き」を返せなくても、ティスだって彼のことを好きだと知っているはずなのに。
その気持ちすら利用しようと言うのか。
わななく声で責められたイーリックは、端正な口元に微苦笑を浮かべた。
「そうだね。ずるいね…………でも、拒まないんだね、ティス」
更に顔を寄せ、耳朶に唇が触れんばかりの距離でささやきかける。
「嬉しいよ」


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