炎色反応 第七章・12



一度は抵抗に使おうとした拳をきつく握り締めたまま、ティスはイーリックの言葉を聞いていた。
あくまで優しい指先が、慣れた手付きで服の上から乳首を探り当てる。
まだ柔らかな肉を指の腹で下から擦るようにされると、ティスはびくびくと肩を跳ねさせた。
悲しい。
悔しい。
ひどい。
思うのに、口に出せない。
ふるふると震えているティスを見て、イーリックは困ったように笑った。
「力を抜いて、ティス。まるで君の方が死にそうな顔をしてるよ」
死、という強い言葉を聞くとますます体に力が入ってしまう。
耐え切れず、ティスは涙目になって彼をにらんだ。
何か言おうとして、でも言葉が出て来なくて、結局沈黙したまま濡れた瞳でじっとその目を見つめる。
馬鹿なことをしている自覚はあった。
今のイーリックにこんなささいな抵抗が通じるとも思えないのに。
けれど意外にも、彼はかすかに目を逸らした。
「…………ごめん」
ぽつりとイーリックがつぶやく。
「自分でも、ひどいことをしてるって分かってる。ティスにも、僕自身にも」
どこかやるせないような表情になると、イーリックはそっとティスを抱き寄せた。
「だけど……ごめんね、ティス。僕は本気だ。何と引き換えにしても、君が欲しい」
熱を帯びてかすれた語尾に、痛いほどの真摯さが込められている。
そのままあごを取られて口付けられても、とても抵抗することなど出来なかった。
「……んっ……」
唇の隙間から差し入れられた舌の、ぬるぬるとした感触を震えながら受け止める。
「んん……ん、ふっ…………」
甘く優しく、濃密な口付けに腰が砕けそうだ。
折れそうになった膝をイーリックはしっかりと支え、半ば上から覆い被さるようにしてティスの口腔を吸い続けた。
「…………っはぁ……」
やっと顔が離れた時、ティスの瞳は蕩けかけていた。
口付けだけで息が上がってしまっている。
「……赤くなって、本当に可愛いね、ティスは」
まだ髪に絡まっていた白い花びらを、イーリックはそんな風にささやきながら払い落とした。
彼の瞳も情欲に熱く潤み始めている。
「自分で服を脱いで」
耳元に流し込まれた言葉に、ティスはびくっとした。
「……そんなの…………」
「まだ寒いような時期じゃないし、ここには誰も来ないよ。さあ」
促がされても、当然そう簡単には従えない。
ぎこちなく上げた手を、服の襟元にやってみたりしながら迷うティスにイーリックは更に言った。
「それとも、昨日みたいに服を裂いて欲しい? こうやって……」
「やめて!」
彼が右手を掲げようとしたことに気付き、ティスは青くなって叫んだ。
過敏な反応にイーリックは柔らかく微笑んで言う。
「じゃあ、自分で脱いで。まずは上から」
唇を噛み、動きを止めてしまうティスに彼は更に言う。
「僕だって本当は、君のことを普通に抱きたいんだよ。……恋人同士みたいに。だから、自分で脱いで欲しいな」
見つめる瞳にある切実な色が一番卑怯だと思う。
ずるいと思っても、ひどいと思っても、ティスにとって彼は今でも大事な人なのだ。
この状況でこんな風に頼まれたら、拒み切ることなんか出来ない。
ティスは強張った指先に力を込め、もう一度服の襟元に手をかけた。
おずおずとボタンを外し、隙間から覗く白い肌にイーリックの食い入るような視線を感じる。
全裸など何度も見られている。
だけど自分で脱いで見せているのだと思うと、これだけでもうたまらなく恥ずかしかった。
それでも手は止めず、全てのボタンを外した上着の前をそっと左右に開いていく。
そのまま袖から腕を抜こうと思ったら、こらえ切れなくなったようにイーリックが胸元に顔を寄せて来た。
「あ…………っ」
ぴくんと震えたティスの、緊張に硬くなった乳首を彼の唇が包み込む。


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