炎色反応 第七章・18
「あの、君は……イーリックさんの、友達……?」
それにしては随分年が離れている。
白い指のどこにも精霊の指輪はなく、魔法使いでもないようだ。
不思議に思いながら尋ねたティスに、レミーは切ないような笑みを向けて言う。
「こんなこと、僕が頼める義理じゃないと思うけど……お願いがあって来たんだ」
出足頭のお願いにも、そんな言葉がこのレミーの口から出て来ることにも驚いてしまう。
視線を合わせることさえ避けるような態度と、突然頼みごとを始める図々しさの間に全く整合性がない。
目を見開き、まじまじと見つめるとレミーは疲労の色が濃くもなお愛らしい顔を少し悲しそうに見返して続けた。
「イーリックさんを好きになってあげて」
硬直するティスに、レミーは真剣な目をして更に訴えた。
「あの人に、これ以上無理をさせないであげて欲しいんだ。……知ってるんだよね、イーリックさんが、君を手に入れるためにどれだけ危ないことをしているか……」
そのことはつい昨日カービアンに聞かされたばかり。
イーリック本人の口からもそうと聞かされた。
おまけに彼は、自分の身を案じるティスの気持ちすら利用してこの身体をいいようにしたのだ。
思っても、悔しさよりもやはり悲しさが勝る。
好きだと繰り返す、あの瞳にあったのは紛れもないイーリックの真意だった。
唇を噛み、うつむくティスを見てレミーも切なそうに表情を曇らせる。
けれどその唇からは、なおもやや押し付けがましくすらある願いが飛び出してくる。
「イーリックさんは本当に、本当に君のことが好きなんだ。あんなにすてきな、優しい人は他にいないよ。だからお願いだ、君自身のためにもイーリックさんを選んであげて……」
うつむきながらレミーの言葉に耳を傾ける内、ティスは今更のようなことに気付いた。
「君…………レミーはなんで、そんなこと、オレに言うの……?」
多分イーリックの友達ではない。
魔法使い同士というわけでもない。
ティスにとってはどう考えても初対面だ。
そんなレミーがどうして、まるで夕べのイーリックのように悲壮感すら漂わせてこんなお願いをして来るのだろう。
至って当然と言うべきティスの小さな問いかけに、レミーは言葉を詰まらせた。
少しそばかすの跡のある、鼻先と頬が赤く染まっていく。
同じように色が白く、小柄で、ティスに似た面影を持つレミーだが二人を見比べればその差は一目瞭然。
被虐の雰囲気を身にまとった妖精のような美少年であるティスと比べれば、レミーは素朴さだけが取り得のどこにでもいるただの子供だ。
「…………僕……、僕は……」
今更のように躊躇し始めたレミーの背に、痩せぎすの影が現れる。
よく似た二人の少年がはっと見た先に現れたのは、禿頭にされた火の魔法使い。
きょろきょろと辺りをうかがいながら、室内に入って来たザザだった。
「ええと、扉が開けっ放しだったから……、おい、レミー?」
言い訳がましい言葉を吐きながら姿を見せた彼は、レミーを見てびっくりしたような声を上げる。
レミーもレミーで、まさかここにザザが来るとは思わなかったようだ。
棒立ち状態で固まっている少年をじろじろ見て、ザザは無遠慮な口調で言う。
「何だよお前……もう本物は手に入ったんだ。用済みのはずだろう?」
その言葉に、レミーの顔全体が真っ赤になった。
「あ、レミー!」
驚くティスの前から、レミーはあっという間に走り出す。
ザザの横をすり抜け、軽い足音を響かせながら走り去ってしまうのを見てティスはしばし唖然とした。
何が何だか分からない。
「おい、どうしたんだよ……まさかイーリックの奴、二人まとめて可愛がろうなんてやってるんじゃないだろうな」
微妙に腹立たしそうにザザがつぶやく言葉も意味不明だ。
「えっ、あの……、あの…………、ザザ様、今のレミーは、一体誰……?」
「あ、ああ? えっ? 初対面なのか?」
少々焦ったように言ったザザだが、すでに口を滑らせた後のことである。
ごまかしても仕方がないと思ったのか、渋々教えてくれた。
「レミーはほら、何て言うのか……お前が見付かるまでの間の、イーリックの実験台」
「えっ……?」
「だから、イーリックはほら、オルバンと張り合うつもりだからさ。お前をひいひい言わせるために、代わりにレミーで色々試してたんだよ」
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