炎色反応 第七章・19



そういえばヴィントレッドがそんなことをちらりとしゃべったような気がする。
お前を悦ばせるために、わざわざ似たような背格好のガキを抱いて練習に励んでたらしいがなぁ。
あれは本当のことだったのか。
「あいつ何しに来たんだ? ……イーリックは?」
レミーの真意も、イーリックの居場所も、どちらもティスには分からない。
おまけになぜ、ザザがここに来たのかも分からない。
「さ、さあ…………あの、ザザ様はなんでここに……?」
問い返され、ザザは少し怯んだような顔をする。
ふてくされたように視線を逸らすと、聞き取りにくい小声で彼はぼそぼそとつぶやいた。
「お前、馬鹿だろう」
「え?」
「ヴィントレッドに、聞いたぞ。…………オレのこと、心配してたって」
一瞬の後、ティスは先程のレミーのように真っ赤になった。
ザザが元々敵だったことを忘れ、思い切り恥ずかしい勘違いをしてしまったことをザザ本人にばらされてしまったようだ。
思えば馬鹿なことをしてしまったと、熱くなった頬を押さえたティスはふとあることに気付いた。
「ザザ様、あの、大丈夫なんですか……?」
「何が」
「だ、だって、首…………ほら、オルバン様が魔法を……」
灼呪と呼ばれる火の魔法による首輪を、オルバンはザザにはめてからこの王城に向かったはず。
逆らったり逃げたりすれば、首輪はたちどころに締まり術をかけられた者の命を奪う。
ザザも同じ火の魔法使いだ、この術の恐ろしさは十分分かっているのだろう。
ぶつぶつと悪態ぐらいは零していたが、それ以上の手段に出る様子はなかった。
オルバンのことだ、ザザが元の陣営に戻ったことぐらい掴んでいるだろう。
出会った頃と比べれば多少丸くなった部分もあるが、それでも彼の基礎である傲慢さと傍若無人さは変わっていない。
ザザが言い付けを破り、グラウスの配下に戻ったと知ればただちにその命を奪ってもおかしくなかった。
あるいはそれも分からないほどなのか。
そう思うとひどく胸がざわめく。
イーリックはどれだけの力を使い、彼とディアルを撤退させたのか。
それにより、イーリックはどれだけの命を削る羽目になったのか。
「あ、ああ…………灼呪はカービアンが外してくれた」
言われると感触を思い出してしまうのだろう。
片手で首筋辺りをさすりながら、ザザはそう言った。
よく見てみれば彼の指には火の精霊の指輪も戻っている。
オルバンから取り返したか、もしくはカービアンなどが新しいものを与えたのだろう。
イーリックと違い彼は生まれ付いての魔法使い。
他人の石では使える力が落ちるらしいが、命を失う危険性はあるまい。
「そうですか、カービアン様が……」
ほっとしたような、そうでもないような複雑な気持ちでつぶやくティスに、ザザは苦笑いする。
「まだ心配するのか、オレのこと」
呆れたような声には、だが少し優しいものも含まれていた。
卑屈で小心で、口を開けば恨み言と愚痴ばかりだったザザの雰囲気がどこか違っている。
灰色がかった黒い瞳でじっとティスを見つめた後、彼はおもむろにこう言った。
「……なあ。お前、オルバンのところに帰りたいのか?」
意外すぎる台詞に、ティスはきょとんとしてザザを見つめ返してしまう。
照れ臭いのかまた視線をうつむけたザザは、わざとのようにぶっきらぼうな口調になってこう言った。
「あ、あんな乱暴で自己中心的な、外道のどこがいいのか知らないけどな……イーリックの求愛を、ずっと拒み続けているのはあいつのためだろう?」
ザザまで自分たちのことを知っているのか。
だがそんな驚きよりも、一つ前の台詞への驚きが今になってティスの頭を支配した。
「そ、それは…………、ザザ様、まさか……」
「勘違いするなよ! オレはいっしょになんか行かないぞ!」
ザザは慌てて大きく首を振ったが、その後声をひそめてこう続ける。
「レイネ、分かるな。お前といっしょに連れて来られて……別の部屋で、リオールの野郎にいたぶられてる」
レイネと同じ水の魔法使い、リオール。
レイネを更に神経質に、高慢にさせたような性格の彼は進む道が分かれてしまったレイネを力ずくで改心させようとしている。


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