炎色反応 第七章・21
心を決め、ティスはザザにこう言った。
「ザザ様、オレをレイネ様のところまで連れて行って下さい。多分まだしばらくは、イーリックさんは戻らないと思うんです」
「おい、今からか?」
自分で提案したことながら、あまりの急展開にザザは驚いた声を上げた。
しかしティスはこっくりとうなずき、すがるように彼を見つめてもう一度願う。
「時間が過ぎれば過ぎるほど、……レイネ様の消耗も激しくなると思います。お願いです」
レイネのことももちろん心配だが、ティスの頭には金の髪をした優しい青年の顔もあった。
自分がここにい続ければ、イーリックはますます魔法を使うだろう。
きっと彼は追って来るだろうが、このままここに留まっていては事態は動かない。
ティスの気持ちは変わらないのだから。
例えオルバンを待つことをやめてしまったとしても、その分の思いをイーリックに振り分けるなんて器用な真似は出来ない。
イーリックはイーリック。
ティスにとってはいつまでも、優しい兄代わりであってそれ以上でもそれ以下でもないのだ。
レミーが言った、好きになってあげて欲しいという言葉は胸に重苦しく残ったままだ。
自分の代わりにイーリックの相手をしていたという彼が、あんな風に言う気持ちは分からないでもない。
イーリックはティスの身代わりとしてでも、レミーに真摯に接しただろう。
狂気をもはらみかねないぐらい純粋な想いを感じ、ほだされてしまったのかもしれない。
ティス自身思っていたぐらいだ。
なぜイーリックを選ばないのかと。
けど、やはり。
「お願いです」
一心に繰り返すと、ザザは元来押しに弱い性格だ。
「…………分かったよ」
そんな風にまっすぐ見るなよ、と少し照れたような声でつぶやいた彼は用心深いしぐさで辺りを見回し始める。
「本当に戻って来る様子はないな…………よし、リオールも今日は用事で出かけているはずだ。急ぐぞ」
痩せぎすの火の魔法使いに連れられて、ティスは三度目の逃亡を行うために裸足の足を床に下ろした。
レイネがいる、という場所は、ティスが閉じ込められていた部屋から案外近いところにあった。
ただし地下へと続く階段を一つ降りなければならず、ひんやりとした空気と静かさが逆に緊張感をあおる。
辺りの壁は冷たく無機質な灰色の石のみ。
王宮内部の華麗な装飾に慣れてしまった目には、この味気なさがまた不気味だ。
「こ、こんなところに……?」
小さな声でティスが問うと、ザザも小さな声で応えてくれた。
「拷問部屋があるんだ。レイネはずっとそこに閉じ込められてる」
拷問部屋、という恐ろしい響きにティスはぞっとする。
しかし、相手はあのレイネだ。
自分だって一応二度は逃げ出したのである。
彼が人質という立場に甘んじているとは考えにくい。
「逃げようとしたりは……」
とんでもないとザザは首を振った。
「リオールはイーリックみたいに甘くないし、レイネもお前の百倍気が強いからな。それに魔法使いだ。厄介なことにならないよう、がっちり術だの器具だのを使って逃げられないようにしているみたいだぜ」
ティスが考えている程度のことは、水のリオールももちろん考えているということだろう。
一体レイネはどんな目に遭わされているのかと、不穏にざわめく胸を押さえザザについてしばらく歩いた。
やがて立ち止まったザザは、金属製の頑丈な扉に向けて火の精霊石を光らせる。
何かの力を使ったらしく、扉はきしみながら内側に開いた。
「…………、ザザ……?……」
間を置いて、かすかな声が室内から聞こえて来る。
先に中に入ったザザに続き、内部に足を踏み入れたティスははっと息を飲んだ。
「レイネ様……!」
「……ティス……!」
←20へ 22へ→
←topへ