炎色反応 第七章・22



白い腕と白い足が薄暗い室内に痛いほど映える。
久方ぶりに見た水の魔法使いレイネは、壁に取り付けられた手枷と足枷に捕われていた。
左右に引き伸ばされた手首と、肩幅ほどに広げられた足首に金属の輪が食い込んでいる。
さながら磔にされた蝶。
ざんばらに顔や髪に落ちかかる長い銀髪が、今はその身を雁字搦めにした蜘蛛の巣の一部のように見えてしまう。
青と白との衣装はほとんどが無残に引き裂かれ、覗く肌には無数の赤いみみず腫れが浮いていた。
その隙間に、歯形や口付けの跡まで刻まれている。
暗いせいもあるだろうが、顔色もひどい。
陰湿な責め苦を受け続けた結果であることは一目で分かった。
レイネもこちらが彼の姿を見て何を思っているか悟ったのだろう。
一瞬つらそうな表情になったが、すぐに強張った瞳でザザをにらみ付けた。
「……ふん、今度はあなたですか…………」
どうやら彼は、新たな責め手としてザザが現れたと勘違いしてるようだ。
ティスの勘違いと比べればある意味正当な勘違いだが、ザザは慌てて首を振る。
「ばっ……、違う、オレは! …………その、ティスを、ここまで連れて来ただけだ……」
お前を助けに来た、と言えれば格好がいいところだが、生憎彼にはこれが精一杯である。
当然レイネはかなり妙な顔をし、ティスは急いで説明を始めた。
「レイネ様、オレといっしょに逃げましょう」
突然の言葉に今度は目を丸くしたレイネだが、ふ、と口元を歪め皮肉っぽく笑う。
「……もちろん。逃げるつもりですよ…………でも、どうやって?」
やけになったように彼は、右手の指先をかすかに動かして見せた。
白い指先には、せっかくオルバンから返してもらったはずのあの青い石がない。
当たり前だがリオールが取り上げたのだろう。
「今の私は、魔法使いとは言えない……こんな枷を外す力もないのです。例えこの部屋から逃げ出せたとしても、外にはグラウスの配下が大勢います。すぐに見付かって連れ戻され、……ひどい目に合わされるのは目に見えている」
それはティスも知っている。
なにせすでに二度脱走し、連れ戻されるところまで経験済みなのだ。
「…………でも、レイネ様。オレやあなたがここに捕まったままでは、オルバン様やディアル様がきっと困ります」
ティスの言葉に、レイネは淡い苦笑いを浮かべる。
「……ねえ、ティス。あなたはどうしてそんなに、あの男を信じられるのです……?」
オルバンのことを言われているのだ。
ぴんと来たティスが思わず黙ってしまうと、レイネは奇妙に優しい瞳で少年を見つめて言った。
「ディアルはね、多分来るでしょう。あるいは来たけど撤退させられたのかもしれないですが……ああ、これは私の自惚れで言っているのではありません。彼がそういう人だからです」
レイネのためだけではないと、彼は気を遣ってか但し書きを付けてくれた。
ディアルという男がディアル自身であるために、彼は来る。
連れ去られた仲間を見殺しにするような真似が出来る性格ではないから。
「けれどオルバンは、確かに自尊心の強い男ですが、それだけに一度は撤退させられたことに腹を立てているに違いありません。……何よりあいつにとってはティス、冷たいことを言うようですが、あなたは始終小馬鹿にしてきた人間の子供に過ぎないのですよ」
レイネの口調には諭すような調子があった。
「…………私も色々考えましたが、グラウスの考え方はある程度は受け入れざるを得ないのかもしれません。特に人間には、むしろ有利な点が多いのかもしれない」
思わぬ台詞に、ティスはぎょっとしてレイネを見つめる。
リオール相手にあれだけ怒っていた彼が一体何を言い出すのだろう。
だが水の魔法使いは大層生真面目に語り続けた。
「魔法使いが人間の王族に力を貸し、二つの種族の平和的共栄のために力を尽くすというのは考えてみれば水の理想に近いのです。もちろん私やあなたをこんな目に遭わせるぐらいだ、信用の置けない点は多々ありますが、頭ごなしに決め付けるのも…」
「レイネ様」
震える声で、ティスは彼を呼んだ。
いけない。
自分では自覚していないのかもしれないが、レイネは相当弱っている。
あえて見ないようにしている彼の太腿に、何かの体液が流れ落ちた跡があるのにティスは気付いてしまっていた。
痛め付けられ、犯されて、この潔癖な魔法使いはどれだけ傷付けられたのだろう。


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