炎色反応 第七章・23



その上相手は同郷の魔法使い、リオールである。
ティスがイーリックの変貌に衝撃を受けたように、レイネもリオールの変貌に相当衝撃を受けているだろうことはたやすく予想できた。
でもティスは、美しい理想を謳うグラウスが大切な人に何をしたのかもう知ってしまっている。
そうである以上、風の魔法使いに従う訳にはいかない。
「グラウス様という人は、オレの兄のような人を魔法使いにしてしまいました。元からの魔法使いではない人を魔法使いにすると、代償として命を削らなければいけないと分かった上でです」
レイネの長いまつげがぴくっと震えた。
どうやらそこまでは彼も知らされていなかったようだ。
「兄のような…………イーリックという人間ですね。……三つの力を得た魔法使いになったと…………リオールも、悔しいけどあいつには勝てないと言って……」
意外にも、リオールもまたイーリックに付与された力の代償を聞かされていないらしい。
「なに、イーリックの野郎、そんなことになってたのか!?」
ザザも驚いたように声を上げる。
てっきりザザも既知のことだと思い、説明を省いていたティスの方が逆に驚いてしまった。
「あ、ザザ様、知らない……?」
「知らねえよ! なんだカービアンの奴、他の石が欲しければもっと役に立て、とか適当なこと言って! オレにくれた石もそんな風になってるんじゃないだろうな……!」
指にはまった風の石を抜き取り、ザザは不信感を露にして怯えた声を出す。
「それは…………大丈夫でしょう。力ある魔法使いが死者の石を与えられることは、昔から何度か事例がありました。ただしそれぞれの属性の長による合議が必要ですから、めったに行われることではありませんが」
規律を重んじるレイネらしく、この手の説明は得意のようだ。
ようやく力を取り戻して来たその声を聞きながら、ティスは考え込んでしまった。
ヴィントレッドは、今思えば明らかにイーリックの力の源について知っている素振りを見せていた。
レミーも知っているようだが、そもそもあの少年は魔法使いではない。
彼にはイーリックが教えたか、あるいは口を滑らせたのだろう。
同じグラウスの配下といえども、持っている知識量には差があるようだ。
この辺りからもグラウスが、情報量による見えない階級差を配下の魔法使いたちの中にも作り出していることは明らかだった。
「レイネ様」
囚われのレイネを見上げ、ティスは真剣な目をした。
「オレはグラウス様のことは、やっぱり…………信頼出来ないんです」
何せいまだグラウスはティスの前に顔を見せない。
代わりに顔を出すカービアンはあの様子だ。
どっちでもいいんだよ、と笑う彼の顔は無邪気と言っても良かった。
カービアンは、グラウスは、本当にどっちでもいいのだ。
イーリックが死のうが、ティスが諦めて彼を受け入れようが。
「オルバン様が来られないならなおさらです。オレは自力でここから逃げないといけません」
レイネも紫の瞳でじっと語るティスを見つめている。
一番最初の荒んだ光は徐々に弱まり、少々暴走傾向はあるが一途で諦めることを知らないいつもの彼の表情に戻りつつあった。
「それに、オルバン様は来ます。ご自分の持ち物に勝手なことをされて、黙っているような人ではないんです」
さっきのレイネの台詞と同じだ。
ティスのためではなくても、オルバンは来る。
彼もまた、ティスの言う通りグラウスにこけにされて黙っているような男ではないのだから。
「…………ティス……」
見下ろすレイネの瞳がほのかに揺らぐ。
薄暗く張り詰めた室内の空気がわずかに柔らかくなった、その時だった。
ぱちぱち、と拍手の音がした。
はっと戸口の方を見た三人の視界に強烈な赤が映り込んでくる。
「いやいや、さすがさすが、ご主人一途の兎ちゃんはよく分かってらっしゃる」
半分ぐらいは本気で感心したよな口振りで言いながら、真っ赤な直毛を揺らし入って来た男。
火の魔法使い、ヴィントレッド。
硬直した三人の前に薄笑いを浮かべて出て来た男に少し遅れ、もう一つの人影も姿を見せた。
長い黒髪を背に払う、神経質なしぐさと強張った白い顔。
紺の長衣を隙なく着込んだ水の魔法使い、リオール。
レイネをいたぶり続けたことによる影響か、陰惨な陰りがその表情には落ちている。


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