炎色反応 第七章・40
「さっきまでのように、君の後ろから私が入れてあげてもいいんだけど」
のんきなカービアンの声が慌てふためくザザの悲鳴に被さった。
「けれど、ヴィントレッドほど物好きじゃないんでね、私は。あのオルバンが仕込んだ体には、ちょっと興味があるけど」
語る声には実際、欲情した様子は感じられない。
興味がある、その言い方がぴったりした感じだった。
カービアンを動かしているのはただの好奇心。
肉欲を露にしたヴィントレッドの方がまだ理解出来る。
試してみたい、程度の気持ちでこんな風にされている自分とレイネ、そしてザザのみじめさにティスは叫び出したいような衝動を感じた。
その時だった。
ふとヴィントレッドの目が戸口の方へと動いたのを感じた時、最初に感じたのはより深い絶望だ。
イーリックがとうとう来てしまったのだと思った。
だから、口から男根を引き抜かれたことも新たな責め苦を与えるためのものとしか思えなかった。
しかしヴィントレッドの表情は緊張をはらんでいる。
にやっと笑った彼は、いきなり太い腕でティスを胸の中に抱え込んだ。
「わっ!」
びっくりして大声を上げてしまったティスが混乱している中、ザザの妙に嬉しそうな声が聞こえる。
「ディアル!」
しかし次の瞬間彼は情けない悲鳴を上げ、糸の絡んだ操り人形のような姿勢で床に転がった。
一度は立たせたザザを再び床に沈めたカービアンの目元にも、涼しげな微笑が浮かんでいる。
「おやおや。とうとうおでましか」
言った彼、それにヴィントレッド、遅れて反応したリオールも見つめる部屋の扉を含んだ壁が粉々に吹き飛ぶ。
石壁を細かな粉塵に瓦解させ、室内に飛び込んで来たのは背の高い少し浅黒い肌をした男だった。
武骨で近寄り難い雰囲気を持ちながら、その実誰よりも誠実で暖かな地の魔法使い。
彼はかすかに瞳を細め、ヴィントレッドに囚われたティスを見てこう言った。
「随分待たせたな」
「ディアル様!」
嬉しさのあまり、瞳をきらきらとさせて呼んだティスの顔の前にヴィントレッドが腕を突き出す。
たちまち風の魔法が展開し、一気に吹き付けて来た粉塵が弾き飛ばされた。
「おいでなすったな。馬鹿め、未来永劫逃げ回っていりゃいいもんを!」
すでに用意されていたらしい火の渦が、開けた視界の中沈黙して立つディアル目掛けて飛んでいく。
だがディアルは体をひねってそれを避け、ヴィントレッドへ向かってくる。
ティスを抱えたままで応戦の構えをヴィントレッドは見せたが、ディアルは手を出さず彼の横をすり抜けた。
一瞬妙な顔をしたヴィントレッドだが、そこへカービアンの鋭い叫びが届く。
「ヴィントレッド、伏せろ!」
初めて聞くような彼の声に驚くのも束の間、ちりちりと肌を焼く熱気を感じたティスの目に赤い色が映り込んだ。
ディアル目掛けて放たれた火の渦が、まるで逆流してきたよう。
いやそれよりも何倍も強い、小さな竜巻のような熱波の渦がヴィントレッドに、彼に抱かれたティスに迫っていた。
火を操る火の魔法使いをも竦ませる、恐ろしい力を持った炎。
危ういところで地に伏せたヴィントレッドの腕の中で、ティスは勝手に瞳に涙が盛り上がるのを感じていた。
自分は魔法使いではない。
だからディアルが来てくれたことは、彼が姿を見せるまで分からなかった。
けれどこの、見る者を焼き尽くすような火を見れば分かる。
この火そのもののような男の存在が分かる。
「オルバン様…………!」
呼び声に答えるように、風と火に撃ち払われきれいさっぱり何もなくなった空間に立つ人影が不敵に笑ったのが見えた。
爆風にたなびく黒い衣の裾、懐かしい赤い糸の縫い取り。
短い黒髪に金の瞳。
はっきりとした色使いに負けない、野性的な美貌が見る者の目を惹き付けてやまない。
傲慢という言葉がこの上なく似合う魔法使い、火のオルバンはこの場に集う全ての者たちを見下すような目をして瓦礫の中に佇んでいた。
***
←39へ 41へ→
←topへ