炎色反応 第七章・41



沸き上がる気持ちを抑えきれない。
何も言えずただ、ティスは散々汚された顔をくしゃくしゃに歪めた。
来てくれた、ということよりも、単純にオルバンにもう一度会えたことが嬉しくて嬉しくてたまらない。
喜びに包まれたティスを腕に抱いたまま、ヴィントレッドは無言で立ち上がった。
「あっ……!」
頬から耳たぶにかけてをぺろりと舐め上げられ、身震いするティスを抱き締めてヴィントレッドはオルバンはにらむ。
「危ねえな、兎ちゃんまで丸焼きになるところだったぜ」
「オレがそんなへまをするとでも?」
事もなげに返したオルバンは、ヴィントレッドの腕の中のティスを見つめて薄く笑った。
「オレがいない間、たっぷり楽しんだようだな、ティス。後でその成果を見せてもらうぜ」
まるで今までのことは、自分の調教の一環だったとでも言わんばかりだ。
あまりにも彼らしい台詞に、ティスは泣き笑いを浮かべてしまう。
最もいっしょに乗り込んできたディアルの意見は違うらしい。
部屋の奥、レイネをいたぶっていたリオールの側まで辿り着いたディアルは一声も発さずまずリオールを蹴り倒した。
「ぐっ…………!」
驚きもしていたし、攻撃を受けるとしたら魔法でだと思ってもいたのだろう。
レイネの口淫を受けていたものを出しっぱなしの状態で、水の魔法使いの痩せた体は呆気なく奥の壁に激突する。
静かな怒りを孕んだディアルの繰り出した蹴りは凄まじく、リオールは横腹を押さえてすぐには身動き出来ない状態だ。
ようやく口は自由になったレイネだが、その唇からは切羽詰った悲鳴が漏れた。
「みっ、見ないで下さいディアル、見ないで……!」
風の糸の支配はまだ続いている。
レイネの白い指にはいまだ張り型代わりの鞭が握られていた。
リオールが吐き出したものを巻き込んでの、卑猥な出し入れはディアルらが乗り込んできて以降も行われていた。
レイネの意志でやっているのではないことぐらいはディアルにも分かるだろう。
だが恥ずかしさが変わるはずもなく、美しい紫の瞳から涙を零しレイネは子供のように泣きじゃくっている。
そんなレイネに対し、律儀に目を閉じたディアルはこう言った。
「遅くなって済まなかった。すぐに助ける」
そう言った彼は、大きな手を空中に掲げる。
地の精霊石とは別の指で緑の輝きが強い光を放った。
風の魔法だ。
「あっ……!?」
レイネの四肢を拘束し、恥ずかしい行為を強要させていた力が霧散する。
突然自由の身となったレイネは、驚きの声を上げながらその場に崩れ落ちた。
瞳を開いたディアルは、身を屈め苦もなく彼を広い胸の中に抱え込んだ。
「ディアル、……これは一体…………」
「話は後だ」
短く答えたディアルの行ったことを、さすがにあ然とした顔でヴィントレッドは見て言った。
「…………こいつは驚きだな。オルバン、お前ザザの風の石を……」
グラウスがザザに与えた風の精霊石をオルバンが取り上げてしまったことは、ヴィントレッドたちも知っている。
だからディアルにそれを与えたのかと、そう言おうとしたのだ。
しかしオルバンは、ひょいと自分も右手を掲げてみせてこう言った。
「風の石? ああ、これのことか?」
緑の光が長い指で輝く。
その途端ティスは、手足に通っていた力の糸が音もなく切れたことを悟った。
「あ…………!」
嬉しそうな声を上げたティスをカービアンは黙って見つめる。
いつもにこにこと、穏やかなばかりだったその瞳が瞬間冷気を帯びたことをオルバンは見逃さなかった。
「自分が与えた石じゃない。そう言いたそうだな、カービアンとやら」
今度はオルバンに視線を移したカービアンを、彼は金の瞳を不敵に光らせて見つめ返した。
「死人の石を使うのはお前の専売特許じゃない。死んだ魔法使いの石を管理するのは長のじじいばばあどもの仕事だ」
「なるほどね。風の長に頭を下げて、死者の石を譲り受けてきたというわけか」
すぐに普段通りの笑みを浮かべ、カービアンはそう言った。
だがオルバンは悠然と首を振り、彼の言葉を一部訂正する。


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