炎色反応 第七章・42



「誰が頭なんざ下げるか。あいつらの方がオレに頼んで来たのさ。風の魔法使いの面汚しを何とかしてくれとな」
そう言うと、オルバンはにいと笑ってカービアンにこう呼びかけた。
「なあ? グラウス」
体は動くようになったとはいえ、まだヴィントレッドの腕に捕まった状態のティスはびっくりして主人の顔を見つめてしまう。
「グラウス、様…………? い、いらっしゃるんですか…?」
魔法使いたちを王宮に集め、イーリックに精霊石を埋め込み、カービアンやヴィントレッドたちを手下として操る最強の風の魔法使い。
めったに人前に出ることのない、事実今まで顔を見たことのない今回の件の黒幕。
騒ぎに気付き、彼がとうとう現れたのかとティスは思った。
だが、素直な少年の反応にくすくすとカービアンは笑い出す。
「さすが、と言うべきかな。火の魔法使いは勘がいいようだ」
楽しげな瞳をして言った彼の言葉に、反応したのはよろよろと立ち上がったリオールだった。
「カービアン……、お前、いや、まさかあなたが…………!?」
「そう」
にこっと笑い、それまでカービアンを名乗っていた魔法使いは改めて自己紹介を始める。
「こういう場合、初めましてが正しいかな? その通り。私は風のグラウス」
あ然として声も出ないザザ、それにレイネなどを一瞥してから、グラウスはまたオルバンの方を見て口を開いた。
「陳腐な手だという自覚はあったよ。でも陳腐だからかな、結構ばれないものでね。グラウス様の悪口を、カービアンとして聞くのはなかなか面白かった」
かなり趣味の悪いことをのどかな笑顔で言う彼に、オルバンはヴィントレッドをちょいと指先で示して言った。
「そいつは驚いていないな」
「ああ、ヴィントレッドは知っていたからね」
この辺りでようやく事態を飲み込んだティスは、驚きながらもどこか納得した。
確かにヴィントレッドは、ザザやリオールと違い一人だけやたらと事情通だったのだ。
カービアンがグラウスであると知っていたために、他の情報も知らされていたに違いない。
「おかしいと思ってたのさ」
オルバンはオルバンで、ヴィントレッドがグラウスの正体を知っていたと聞かされても特に驚いた様子を見せない。
「ザザは例外として、それなりの能力のある火の魔法使いが顔も見せない野郎の言うことを聞くとは思えないからな」
ここでもザザを馬鹿にしながらオルバンが言うのは、つまり自分の立場で考えてのこと。
一匹狼の傾向の強い火の魔法使いが膝を屈する相手を選ぶなら、それなりの条件を出すに違いないと踏んだということらしい。
きっとその読みが、カービアンの正体を掴むことにも繋がったのだろう。
「なるほどね。さすが高名な火の申し子、オルバンだ。会えて嬉しいよ」
余裕の表情でグラウスはオルバンを褒めた。
「しかし残念だな。会ったばかりで何だけど、君とディアルには死んでもらわないと」
全く緊張感を感じさせない口調で言った優男の手から、烈風が巻き起こる。
触れたものを切り裂く力を持った風の刃が起こす、激しい風にティスは思わず目を閉じた。
オルバン対グラウス。
とうとう始まってしまった戦いに、体の芯から震えが湧き起こる。
「怖いかい? 兎ちゃん」
ティスの震えを知り、まだその体を抱いたままのヴィントレッドがささやきかけて来た。
「安心しな、すぐに終わる。その後オレが、晴れてお前のご主人様だ」
「は、離して下さい…………ッ」
自由になった手足を使い、もがくティスをヴィントレッドは笑って解放してくれた。
だが彼は、一度離した体を部屋の隅へと突き飛ばしてしまう。
「あっ……!」
「そこでおとなしくしていな、兎ちゃん!」
グラウス、オルバンに加え、リオールとディアルも力を使い始めたようだ。
四者の力が入り乱れ、嵐の様相を呈してきた室内ではさほど離れていない場所から発せられる声もまるで遠い彼方からのもののよう。
「下手に動くとどうなるか分からんぜ。いい子で待ってな、後でたっぷり可愛がってやる!」
きっとヴィントレッドも、オルバンに敗退させられて以降修行をしたのだろう。
グラウスの存在もあってのことだろうが、その声には微塵も焦りが感じられない。


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