炎色反応 第七章・43
グラウスが作り出した魔法使い、イーリックはオルバンとディアルの足をも退かせたのだ。
そのグラウスと、いくら力を増して来ただろうとはいえ勝負をして勝てるものなのか。
カービアンを名乗っていた彼の操る風の糸は、心だけが自由であることが不思議なぐらいに自分を自由に操ってくれた。
圧倒的な力で強引にねじ伏せてしまうオルバンとはまた種類の違う恐ろしさ。
どっちでもいいよ、という言葉に代表される、実験結果を眺めるような気安さでグラウスは他者を自在に翻弄する。
けれどどれだけ不安に胸を絞られても、しょせんティスはただの人間の子供である。
ヴィントレッドの言う通り、下手な真似をしても足手まといにしかなれないだろう。
主人を信じるしかない。
「オルバン様……!」
部屋の隅に縮こまり、目だけは必死に魔法使いたちの戦いへと向けながら、ティスは祈るように彼の名を呼んだ。
火が、風が、地が、水が、拷問部屋を見る間に解体していく。
ディアルの手から、おそらくは死者の物である水の精霊石を受け取ったレイネは怒りのあまりの無表情でリオールをにらみつけた。
「死ぬほど反省してもらいますよ、リオール!」
水飛沫をまき散らし、出現した太い水流が巨大な銀の蛇のようにリオールの体を絡め取る。
ディアルに蹴り飛ばされた部位を締め上げられ、彼は黒髪を振り乱して苦悶の声を上げた。
「く、くそッ……!」
元々魔法使いとしての素養はレイネの方が上である。
風の石を手にしたことでその差を埋めていたリオールだが、不意を突かれた上にレイネの怒りは凄まじい。
なまじの美貌であるがゆえに恐ろしい憤怒の形相で、彼は容赦なく同胞の体を一息に締め落とした。
「うあ、あ、ぎゃあっ…………!」
全身を圧迫する力になす術もなく、リオールは口から泡を吹きかねない勢いで気絶してしまった。
しかし怒りに任せて強力な力を使ったレイネも、激しい息に合わせて肩を揺らしている。
危うく倒れてしまいそうになったところを、様子見に徹していたディアルが素早く支えた。
長く辛い責め苦を受け続け、レイネの体力は限界に達していた。
それでもどうしても、この手でリオールに復讐してやらなければ気が済まない。
そんな想いを汲んだからこそ、ディアルはあえて手出しせず彼のすることを見守っていた。
「殺しはしないか」
「水の、長にっ…………、後で、引き渡します……」
荒い息を吐きながら、レイネは静かなディアルの言葉に答える。
「このッ…………、グラウスの尻馬に乗った愚か者、には…………しかるべき罰を受ける、義務があります……死んで、その責務から逃れるなど…………許されないっ……」
ふらふらになりながらもつぶやく声を聞き、ディアルはやはり静かな口調で言う。
「お前がそうすると言うのなら異論はないがな」
武骨な指が、散々汚されてくしゃくしゃになったレイネの髪をそっと撫でる。
「オレは正直、今すぐぶっ殺してやりたい」
彼らしからぬ一言に、レイネは驚いたように背後の男を見上げてしまう。
その唇に、ディアルはかすめるように口付けて言った。
「お前は少し休んでいろ。片を付けて来る」
言うなり身を翻したディアルは、部屋の入り口辺りで行われている火と風の暴走の最中に飛び込んでいく。
一人グラウスとヴィントレッドの相手をしているオルバンに加勢するためだ。
遅れて少し顔を赤くしたレイネは、言われた通りに部屋の奥へと避難する。
だらしなく床に伸びているリオールをまたぎ越し、壁に背を付けた彼は素っ気ない茶色の衣に身を包み疲れたように瞳を閉じた。
精神的にも肉体的にも疲労が頂点に達している。
無理に加勢しようとしても、かえって邪魔になってしまうであろうことは自分で分かっていた。
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