炎色反応 第七章・44
女性と見紛うほどの清潔な美貌の持ち主でも、レイネも一人の魔法使い。
本来守られることは気性に合わない。
けれど今は、全てのことをディアルに預けてしまえる心地良さに浸りたい。
それに、悔しいけれど今はオルバンもいる。
満を持して乗り込んできたはずの彼とディアルという組み合わせに、勝てる相手がいるとも思えない。
「…………頼みましたよ……」
不思議に素直な気持ちでそんな一言をつぶやいて、レイネはすうっと気を失った。
拳大の火の塊がヴィントレッドの手の平から飛び出し、次々とオルバン目掛けて飛んでいく。
「イーリックごときに追い払われた負け犬が、今更何しに来やがった!」
吠える声に自ら鼓舞されたように、赤毛の魔法使いは一際巨大な火球を生み出した。
「兎ちゃんはオレが飼ってやる、安心してくたばれ!」
長い尾を引く赤い流星が、拷問部屋の床をも巻き込みながら黒衣の魔法使いに殺到する。
火球の放つ熱気だけで、並の人間なら火ぶくれだらけになってしまうに違いない。
だがオルバンは特別な構えを取る様子もなく、ただ右手を目の前にかざす。
たちまちその手には炎で出来た一振りの剣が握られた。
「お前もティスにたらし込まれたか。全くやるな、あの可愛い淫乱は」
くすくすと面白そうに笑いながら、オルバンは握った剣を振りかざす。
小さな火も大きな火も、彼が振るった刃にたちまち真っ二つになり火花を散らして消えてしまった。
そこへ飛び込んできたディアルが片手を床に付けば、ヴィントレッド、それにその横に立っていたグラウスの足元を突き破り鋭い岩の先端が顔を出す。
打ち合わせでもしてあったように左右に飛んで分かれた二人の内、グラウスはにこにこしながら言った。
「なるほどね、やるもんだ。さすがに強いなあ、二人とも」
つぶやく言葉はさながら、出来のいい生徒を褒める教師。
あくまで一段高い場所からかけられる声にも、オルバンは不敵に笑うだけだ。
「当然だ。お前は思ったよりもどうということもないな、グラウス」
炎の剣を左手に握り、彼は右手を前に突き出した。
風の長に渡されたという、緑の石がそこで輝き始める。
「お前が本気になるのを待つほどオレも暇じゃない。その気にならないのなら、さっさと終わらせてもらうぜ」
火の魔法使いの指先で、強烈な光を放つ緑の輝き。
並の風の魔法使いでもこうはいくまい、というような力が、竜巻と化してグラウスに襲いかかる。
イーリックらによって二人が追い払われ、戻って来た今までの時間を考えると恐ろしい制御力だ。
一瞬すっと瞳を細めたグラウスの手元でも緑の光が輝く。
気流の盾が竜巻を弾き飛ばし、それにより生まれた突風が四方八方に向かって吹きつけた。
「うわっ」
部屋の隅にいたティスにまで、背後の壁に体を押し付けるような風がやって来る。
必死に目元を庇っていた彼の耳に、ぎゃあとかひいとかわめくザザの情けない声が聞こえた。
「ザ、ザザ様っ…………」
瓦礫と埃を巻き込んだ、ちくちくと肌に刺さる風の中ティスは何とか目をこらす。
視界の中にザザの痩せた腕が見えた。
と思ったら、その腕にいきなり胸倉を掴み上げられる。
驚くティスの目に、こちら以上に慌てるザザの顔が映った。
「ち、ちがっ、やめろグラウス!」
ティスとレイネはオルバンとディアル、それぞれが四肢を拘束していた風の魔法を抜き取ってくれた。
だが床に倒されてそれきりのザザは、いまだ風の糸の支配を受けた状態にある。
操り人形と化した彼は、犯された名残の残る半裸の体のままでティスの首を締めようとし始めた。
「うっ……、くうっ…………」
苦しげにうめくティスだが、やめろやめろと慌てるザザの向こうでオルバンがこちらを向いたのを見てはっとした。
「だっ…………、オルバン様、だめ、ザザ様を殺しては……!」
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