炎色反応 第七章・47
「死人の石で遊んでいる内に、それじゃ物足りなくなったか。好奇心が強いのは結構だが、少々おいたが過ぎたようだな」
そう言いながらオルバンは、生来の持ち物である自分の精霊石を見やる。
「綺麗事を並べて馬鹿どもをだましているようだが、笑える話だ。お前にとってはそいつも含めて、でっかい実験をやっているつもりなんだろうがな」
まるで見せびらかすようにひらひらと、赤い石のはまった指を振って彼は言った。
「お前が力ある魔法使いを狙うのは、そいつの石を取り上げるためだろう? より大きな力を手に入れ、より面白い実験をするために。人間どもがどうなろうが、本当はどうだっていいんだろう」
人と魔法使いの共存を謳えば、もちろん人間たちは共感する。
以前ディアルも言っていたが、いかに魔法使いが並外れた能力を持とうがこの世界で数において圧倒的なのは人間。
彼らの協力を得ることが出来れば、資源にしろ労力にしろ豊富な援助が期待出来る。
人に魔法使いの力を付与する、というのも、共存政策の一環とでも言えば大義名分としては通るだろう。
どっちでもいいんだよ、と、口癖のように繰り返してきた風の魔法使いの目的は、実は結果ではなく過程。
美しい旗印の下集まった、愚かな者たちが右往左往する様を眺めて楽しむこともその目的には含まれているのだろうと。
断定したオルバンに対し、グラウスはへえ、と本気で感心したような顔をした。
「すごいなあ、さすがだ。ヴィントレッドといい、火の魔法使いは勘がいいね」
ぬけぬけと言った彼が名前を出したヴィントレッドは、少し離れた位置でディアルと交戦中である。
二人の実力は拮抗しているらしく、激しい魔力の応酬を続ける顔はお互い真剣そのものだ。
だが、吹き荒ぶ風の中目をこらすのに精一杯のティスにも分かる。
少しずつ、少しずつ、ディアルが押し始めている。
ヴィントレッドもそれは理解しているのだろう。
常に飄々としたその顔に、苛立ちの色が浮かび始めていた。
「チッ」
その手から飛び出した赤く尾を引く炎の流星も、瞬時に床を突き破り出現した分厚い岩壁が防いでしまう。
続いて繰り出された無数のかまいたちも、岩壁の表面は削り取れても術者ディアルに傷を負わせることはない。
「なんで風の魔法を使わねえよ!」
ヴィントレッドが言う通り、ディアルが繰り出す魔法は地のそれ一辺倒。
風の石はその指にちゃんとはまってはいるが、彼が風の魔法を使ったのはレイネを解放する時だけである。
「オレは地の魔法使いだからな」
相変わらずの短い言葉とともに、ディアルの指先で黄色い光が輝き出す。
火にも風にも耐えた岩が、自ら細かに砕けヴィントレッド目掛けて無数のつぶてと化して襲いかかった。
「なるほどね。あくまで自分の力で戦うってことか」
与えられた力を振り回すヴィントレッドとディアルを見比べ、グラウスはにこっとした。
「でも一応、私も風の石しか持ってないんだよ?」
物を持ち上げ、壁を削り、今にも拷問室を解体しそうな小型台風が一際力を増した。
一瞬本当に爪先が浮き、ティスは必死になって壁のわずかなでっぱりに指をかけ取りすがる。
「う、うっ…………」
このままでは、この風の中に巻き込まれるのも時間の問題だろう。
暴風にひたすら耐えるティスを瞳だけでオルバンは振り返った。
それを目に留め、グラウスは笑って言った。
「君も風の石を使わないな。火の魔法使いの面汚し、焼き殺された親を持つオルバンが火の魔法使いであることにそんなに執着しているのも不思議だね」
強い緑の光が笑うグラウスの顔を照らし、不気味な陰影を作り出す。
「君やディアルの石なら、私に見合う力になってくれそうだよね。嬉しいよ」
勝利を確信した傲慢な台詞をさらりと口にし、彼は勢いを増していく風に更なる力を送り込もうとした。
その刹那、オルバンの指でも風の石が輝き始める。
グラウスの手元から広がっていく光をも飲み込むように、強く強く、見る者の目を射るように強く風の石が光を放つ。
強さだけでなく、その光はグラウスのものにはない一種切迫したものを帯びていた。
まるで断末魔のような。
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