炎色反応 第七章・48
光が強過ぎて目を開けていられない。
たまらず閉じたまぶたの中でも、緑の色が踊っているように感じられるほどだ。
「オルバン様……!」
思わず彼の名を呼んだティスの耳に、何かが割れたような音がした。
そして強烈な光が消え、同時に室内で荒れ狂う風も消えた。
無風状態になった室内は、嵐の後という形容詞そのままのひどい状態だった。
怪しげな器具も多少置いてあったまともな家具も、風に切り裂かれ分解されてしまえば全て同じ瓦礫だ。
天井が抜けていないのが不幸中の幸いだが、そこは地下室ということを考慮してグラウスが加減をしていたのだろう。
「…………なるほど、ね」
低い声でグラウスがつぶやく声が、静まり返った室内に響く。
ディアルとヴィントレッドも先の爆発に巻き込まれたのだろう。
部屋の隅にまで吹き飛ばされていたが、グラウスとオルバンだけは入り口辺りで向かい合う格好のまま立っていた。
ようやく目を開けそれを確認したティスだが、グラウスの表情を見て反射的にまた目を閉じてしまった。
優しげなその顔に浮かぶ氷の笑み。
余裕を失ったグラウスの瞳には見る者を凍て付かせる残酷さだけがある。
「死者の石の力を絞り尽くすか。噂通りにひどい男だな、君は」
おそるおそるもう一度目を開けてみたティスは、オルバンの指先から零れ落ちる緑の輝きを見つけた。
風の石はきらめく粉状に粉砕され、見る間にその残された輝きさえ失って無残に床に振りまかれる。
オルバンは風の精霊石の力を限界にまで引き出し、グラウスの力とぶつけた。
結果二つの力は相殺され、室内の嵐は消えオルバンが持って来た風の石も砕け散ったということらしい。
「しょせん精霊石は、生まれを等しくした魔法使いにしか十全の力は引き出せはしない」
四属性の長が与える死者の石でも、グラウスが大きな代償と引き換えに埋め込む石でも同じ事。
生まれ持った石でないものの力を、完璧に引き出せる魔法使いなどいはしない。
「だったらこうやって、残された石もきっちり使い潰してやるのが情けってものさ」
そう言ってオルバンは、台座だけが残った哀れな指輪を抜き取り床に放り投げる。
キン、という高い音に目もくれず、彼はにやっと笑ってグラウスを見た。
「どうした? 実験に予想外の事態は付き物だろう。楽しめよ、グラウス」
余裕たっぷりに笑うオルバンを見て、グラウスもようやく微笑みを見せる。
「そうだね…………確かに、面白い。久しぶりだよ、自分の血を見るのは」
笑う彼の額から、一筋の血が流れ落ちたことにティスは気付いた。
グラウスはその血を指先で撫で、赤く汚れた己の指を見てもっと笑う。
「実にいい。君の持っているその石の力を絞り尽くせば、国一つぐらい消滅させられるかもね」
オルバンの取った行動に意欲をそそられたか、グラウスはそんなことを言って再び構えようとした。
その時だった。
体の上に被さった瓦礫を跳ね除け、どうにか立ち上がったヴィントレッドの口から複雑そうなつぶやきが漏れる。
「けっ、今頃来たか…………まあ、こういう時に役に立ってもらわないとな」
誰かの接近に気付いているのは彼だけではないようだ。
オルバン、グラウス、ディアルの視線がどうにか形が残っている扉へと集中し始める。
ティスのすぐ横でまだ壁に貼り付いているザザの口からも、震えた声が吐き出された。
「イーリック……! うああ、やべえ、いや、でも、今のオルバンなら……、うう、でも……」
変わってしまったあの人の名前にティスははっと瞳を見開く。
しかし時すでに遅く、傷付けられ歪んだ扉を蹴り飛ばすようにして金髪の青年が入って来た。
「カービアン様! ……これはっ…………!?」
魔法使いと化したイーリックは、多分オルバンたちが来ていること自体は分かったはずだ。
だが室内の惨状、特に額から血を流しているグラウスを見てぎょっとした顔になった。
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