炎色反応 第七章・50
だがくすっと笑ったグラウスの指先で緑の光が輝き始めた途端、小さな悲鳴が室外から上がった。
聞き覚えがある、とティスが思った矢先、声の主が顔だけを強張らせたままごく普通に歩いて半壊した部屋の中に入って来る。
レミーだった。
白っぽい金髪を少し乱し、服も大きめのシャツ一枚きり。
そこから覗くうなじや鎖骨に幾つも赤い跡を散らばらせた、一目で今まで何をされていたか分かる格好をしている。
「ぼ、僕…………」
なめらかな動きとは裏腹に、風の糸の支配を受けた恐怖により表情は引きつれている。
ティスとよく似た印象の少年は、おずおずとその目をイーリックに向けた。
受けるイーリックの顔付きは苦い。
それを見て、グラウスはまたくすくすと笑った。
「そんな顔をするものじゃないよ、イーリック。君がどれだけティスのことが好きか、どれだけ会いたいと思っていたかレミーがその証拠になるだろう」
にこにこと邪気なく言って、グラウスは今度はティスに説明を始める。
「ティス、この子はレミー。君を迎えに行くまでの間、イーリックが寂しそうにしていたから私が代わりに与えた子なんだ。どうだい、結構君に似ているだろう。もちろん君の方がずっと可愛いけど、薄暗い中で見ると分からないものらしいよ」
実のところティスは、すでにヴィントレッドやザザの口から大方の事情は掴んでいる。
イーリックは自分を悦ばせるために、似たような背格好のレミーを抱いていたらしい。
薄暗いところで、というグラウスの言葉もそれを匂わせるものだ。
だがイーリックは、ティスにそのことを知られたくなかったようである。
苦い顔付きのまま、ふいと目を逸らしたのを見てレミーは泣きそうな顔をした。
「ごめんなさい! ごめんなさい、僕、……ごめん、なさい…………」
震える声には怯えすら混じっていた。
「僕、イーリックさん、死んで欲しくなくって…………だから、僕……」
今までイーリックに抱かれていたに違いない。
執拗な愛撫の跡を隠すことも出来ない格好で、レミーもまたなすすべもなく視線を床に落としてしまった。
その瞬間、ティスは気付いてしまった。
イーリックを好きになってあげて欲しい、と訴えてきたレミー。
魔法使いの集結した危険な戦場に、彼の身を案じこうしてやって来たレミー。
レミーはイーリックさんのことが…
けれどそこに、脳天気とすら言えるグラウスのこんな台詞が聞こえて来た。
「ほらね、ティス。イーリックはこんなに君のことが好きなんだ」
グラウスのことだ、とっくの昔にレミーの気持ちなどお見通しだろう。
にも関わらず、彼はレミーをティスとして扱うことがイーリックの気持ちの証と言うつもりらしい。
「私が言うのも何だけど、イーリックは非の打ち所がない若者だと思うよ。優しくて、包容力があって、もちろん人間を馬鹿にしたりなんかしない。誰よりも君のことを愛している」
グラウスの言葉を聞くたびに、レミーの顔に差した影が一段濃くなる。
一瞬口を挟もうとしたティスだが、寸前でためらってしまった。
自分でこんなことを思うのもおかしいが、イーリックはティスのことを好きなのだ。
そのティス本人がレミーに気を遣ったところで、余計にレミーがみじめになるだけだろう。
第一イーリックの気持ちはどうなる。
命を削り、魔法使いになってまで、自分を好きだと言った彼の気持ちは。
「じゃあ人間同士、好きなだけ乳繰り合えばどうだ?」
迷ってしまうティスの頭越し、いきなり無神経そのものの発言をしたのはオルバンだった。
「オルバン様っ…………」
慌ててしまうティスを尻目に、彼は平気な顔でイーリックとレミーを見比べて言う。
「代わりを使っていたということは、代わりで満足出来る程度の気持ちということだろう。それにその代わりの方は、満更でもなさそうだぜ」
レミーの存在を知ったこと自体彼は今が初めてのはずだ。
しかし、グラウスにも勘が良いとのお墨付きをもらうオルバンの眼力は呆気なくレミーの秘められた想いを見破ってしまったようだった。
瞬間、レミーの顔が真っ赤になる。
羞恥の余り、瞳の端に涙が盛り上がり始めた。
それを見たイーリックは大きく目を見開き、こう言った。
「……なっ…………、そんな、レミー…………?……」
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