炎色反応 第七章・54
固唾を飲んで成り行きを見守っていたティスは、彼の言葉にはっとする。
イーリックも同じ思いのようだ。
びっくりしたような顔をしている彼を、オルバンは見下したまま更に嘲った。
「そっちのガキ程度がお前には似合いの相手だろう。余り者同士みじめになれ合って、以後二度と気安くオレの視界に入るな。分かったな」
言うだけ言って、オルバンはイーリックとレミーの横を通り過ぎ歩いていく。
壁際で、まだどこか呆然としているティスの前に彼は立った。
ちなみにティスの横にいたザザは、オルバンが歩き始めた途端わたわたと壁を這いずって逃げていった。
グラウスの陣営に戻ったことについて、改めて痛い目を見せられることを危惧したのだろう。
なんでかディアルの足元辺りにまで逃げ延びたが、オルバンは完全に幼馴染を無視していた。
ティスの横にはレイネもいたのだが、彼もまた黙って立ち上がりディアルの側へと近寄る。
二人の魔法使いの動きに眉一つ動かさず、オルバンは己の奴隷を見下ろしていた。
己のすることに一片の疑いの余地もなく、それゆえにある意味誰よりも澄んだ金の瞳。
それがティスを、ティスだけを見つめている。
声もなく彼の、野性的な整った顔立ちを見上げているとティスの瞳は自然に潤んだ。
「オルバン様……」
来てくれた、それだけで嬉しかった。
けれどそれじゃもう足りない。
自ら手を伸ばし、ティスは黒衣越しにも分かる厚い胸板にすがり付く。
「オルバン様…………!」
首に腕を回し、体をすり寄せて、全身で彼の温もりを味わう。
彼の肩越し、一瞬見えたイーリックの姿にちくりと胸が痛んだが喜びを止められなかった。
声もなくしがみ付いたままのティスの頬にオルバンの手が触れる。
されるがままに仰向けば、懐かしい意地の悪い笑顔があった。
「ずいぶん嬉しそうだな、ティス。そんなにオレに会いたかったか?」
「はい…………」
考えるより先にうなずいてしまった。
涙に潤み、いつもよりも更にきらきらと輝いている見える大きな水色の瞳を見つめオルバンはにやりと笑う。
「こいつは意外だな。高邁な思想を持った風の魔法使い様の下、大好きなお兄ちゃんに囲われて幸せに暮らしているかと思っていたが」
皮肉に、一瞬遅れてティスの頭の中は真っ白になった。
続いて顔が真っ赤になる。
愛でも恋でもない、名前のない強い力でただ惹き付けられている。
そんな風に思っていたけれど、いざこうして会えた瞬間の自分の反応はどうだ。
「オ、オレ…………」
さながら最愛のご主人様との対面に、全力で尻尾を振る間抜けな子犬。
あれだけ迷い、悩み、人知れず苦しんで来た自分とオルバンの関係がいきなり単純化されてしまった。
これではまるで…………
「オルバ……、ンッ…………」
急激に恥ずかしくなり、逸らそうとした瞳一杯にオルバンの顔が映る。
あっという間に唇をふさがれ、きつく抱きすくめられて息も出来ない。
深く舌を差し入れられ、くちゅくちゅと音を立てて自分のそれを吸われた。
触れられているところから体中が熱くなっていく。
これも火の魔法だろうか。
だとしたらきっと彼以外の誰にも使えない、ティスにしか効かない魔法を使っているに違いなかった。
「ふぁ…………ぁ…………」
激しい口付けから解放された瞬間、ティスの瞳のふちに留まっていた涙が零れ落ちる。
それを見やり、オルバンはくすくすと笑って言った。
「お前がオレに惚れていることぐらい、オレが分からないとでも思ったのか?」
いともあっさりと言ってのけ、彼は呆気に取られているティスを抱き上げる。
「さあ、こんなところに長居は無用だ。場所を移してたっぷり可愛がってやる」
そう言うと彼は、その腕の中でまだ戸惑っているティスを連れすたすたと部屋の出口へ向かう。
「レイネ、行こう」
何かに納得したような顔で、ディアルがそっとレイネをうながす。
心優しい彼は、まだわたわたしているザザにも手を貸し立たせてやった。
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