炎色反応 第七章・55



と、その瞳が部屋の奥へと動く。
「忘れ物だな」
大股に歩き出したディアルは、まだ気絶したまま床に倒れ伏しているリオールの体に手をかけた。
細い彼を苦もなく抱え上げ、荷物のように肩に乗せてしまう。
レイネの希望通り、愚かな水の魔法使いを水の長の前に引き出すつもりなのだろう。
連れ立って歩き出した一行の背に、かすれたイーリックの声が響く。
「…………まさか、最初から知って……?」
魔法使いの力を身に付け、初めてオルバンらの前にイーリックが現れたあの時。
予想以上に短い時間で二人を撤退させたと、イーリックは元よりグラウスも喜んでいた。
ヴィントレッドなどは悔しそうにするぐらいだったが、もしやオルバンは見抜いていたのか。
イーリックの力が、使えば使うほど自分の身を削るようなものであることを。
「さあな」
震えるような彼の追及に、ひどく素っ気なくオルバンはつぶやく。
視界に入るな、の宣言通りと言うべきか、振り返ることすらしない。
だが正面から抱きつくような格好でオルバンに抱き上げられたティスにはイーリックの顔が見えていた。
妙に清々しい表情でぽつりと吐くのも聞こえた。
「全く、かなわないな…………」
そう言うと彼は、ふとティスを見て小さく唇を動かす。
さよなら。
その言葉を読み取ったティスは、涙のにじんだ瞳で笑ってみせた。
さよならイーリックさん。
彼の横、すがるように守るように寄り添ったレミーにもその笑みを向けてから、ティスはぎゅっとオルバンにしがみ付いた。


***


地下を出たところに複数の魔法使いたちが待ち受けていた。
イーリックはグラウス自らが呼んだのだが、巨大な術がいくつも使われたことは近くにいた魔法使いたちにも知れていたようだ。
ただし、巨大な術が使われたからこそ容易に踏み込むことが出来なかったのだろう。
オルバンたちが姿を見せても、彼らは息を呑んで立ちすくむばかり。
グラウスが誘いをかけた、あるいは作り上げた者たちだ。
それなりの力は持っているはずだが、その彼らの足を縫い止めてしまうだけの力を今のオルバンは手にしている。
「どけ。邪魔だ」
一切説明することなく、オルバンは平気な顔で真っ直ぐ歩いていく。
進行方向にいた魔法使いたちが慌てて道を譲っても、当然、という様子だ。
ディアル、レイネも後に続いたが、最後のザザにさすがにグラウスの配下たちは慌てた。
彼らの認識では、ザザも一応グラウスの配下のはずである。
おまけに今のザザと来たら全裸に近い格好なのだ。
しかも火の精霊石を持ったままでヴィントレッドが去ったため、浄火が使えない。
そのため犯された名残が残ったままの尻を、微妙に隠したかなり怪しいしぐさをしている。
「ザザ!」
「お前、どうしたんだ、カービアン様は一体…………!?」
最後尾ということもあり、ここぞとばかりに詰め寄られザザはあたふたし始める。
「や、オレはそのっ……」
「グラウスは死んだ」
悠々と歩きながら、オルバンが口を開けばたちまち場は静まり返る。
「カービアンを名乗っていた、あいつがグラウスの正体だ。あいつはオレが殺した」
その二点のみ説明し、オルバンはまた無言ですたすたと歩いていく。
ディアルとレイネも同じく進み、ザザもこそこそと後に従った。
歩きながらレイネは、その美貌と同じく氷のように冴えた声で手を出すに出せない周囲の魔法使いたちにこう言った。
「いずれ各属性の長たちより、あなた方にはしかるべき処罰があるでしょう。少しでも恥を知るのなら、早々に自分の足で長たちのところへ出向きなさい」
途端にざわざわとし始めた彼らへ、レイネは更に一言付け加える。
「それから人間から魔法使いになった者、もしグラウスから聞いていないのなら聞きなさい。魔法を使えば使うほど、あなたたちの命は失われる」


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