炎色反応 第七章・56



どうやらそのことについて知るのは少数派だったようだ。
幾人かがさっと顔色を変えたのを見て、レイネはちらりとディアルを見上げてこう続けた。
「……もしも助けが欲しいなら、水か地の魔法使いを頼りなさい。すぐには無理かもしれませんが、人間に戻る方法を考えてくれるでしょう」
水は元々人間寄りの思想を持っている。
火と水の調停役を担ってきた地も、大きな災厄の種となりかねない後天性魔法使いを放っておくことはないだろう。
オルバンの腕の中、厚い胸板にすがった状態のティスはぼんやりと今後のグラウスの配下たちのことを考える。
グラウスは死に、ヴィントレッドはどこかへ去った。
イーリックがこれ以上この王宮内に留まることはあるまい。
レイネの言う通り魔法使い四属性の長たちも事態の収拾に乗り出してくる。
そうなれば人間の王も、美しい理想論の上に成り立つ人と魔法使いの共存計画を断念せざるを得ないだろう。
こうして結局、全ては元に戻っていく。
だけど、自分とオルバンの関係は……
主人の体に自ら身をすり寄せ、ティスはそっと目を閉じた。


***

結局障害らしい障害もないまま、オルバンたちは王宮を出て近隣の森へと入った。
グラウスが人間の王より任された一角は、人間たちの使うそことはどうやら完全に切り離された状態にあったようだ。
情報も共有されていないらしく、人間の兵士たちは平然と歩いていくこちらを気にした様子もない。
「終わってみれば、呆気ないものだな」
ため息を吐くと、ディアルはリオールを担いだままでこう言った。
「オレとレイネはこのまま水の長のところに行く。お前は?」
ディアルの言葉に、オルバンはにやっと笑うと腕の中のティスを視線で指し示した。
「オレはいつでも、気が向いた方向に進むだけだ。だがまずは、ここでこいつを仕込み直してからだな」
露骨な物言いにはディアルも苦笑いするしかないようだ。
「…………そうか。ティスも疲れているだろう、あまり負担をかけてやらないようにな…………では、また縁があれば会おう」
邪魔をしないようにか、単に付き合っていられないと思ったのか。
踵を返すディアルの後に続きながら、レイネは少しためらってからオルバンにこう言った。
「……来てくれてありがとう。ティス、本当に嫌になったら水を頼って来るんですよ……では、元気で」
照れ隠しにか珍しくぶっきらぼうな口調で言うと、地と水の魔法使いは連れ立って去っていく。
「さて、お前はどうするんだ」
残ったザザにオルバンが言うと、ザザは文字通り小さく飛び上がった。
「オレっ、オレは、ば、ばーか、もうオレに用は無いだろう!?」
グラウスのところに案内をさせるため、オルバンはザザを連れ歩いたのである。
そのグラウスを倒した今、確かに彼にもう用は無いのだがオルバンはにやにやしている。
「用は無いな。髪も眉も、おまけに精霊石を取られた魔法使いなんざ屑だぜ屑」
容赦のない言葉にぐっと詰まったザザに、オルバンは追い討ちをかける。
「自分の石はどうした。まさかグラウスに取られたままじゃないだろうな」
今更戻る気か、と揶揄する言葉に思わずザザは反抗した。
「違う! ヴィントレッドの奴がっ……!」
叫んだ瞬間、彼は自分でしまった、という顔をした。
オルバンはますます面白そうな表情になって言う。
「そういえばお前、あいつに犯られたって? 精霊石に加えて処女まで盗まれたか」
返す言葉もない幼馴染に、オルバンはとびきり意地の悪い笑顔になった。
「あいつもあいつで思い出せとか何とか言っていたな。追いかければどうだ? まあ、もう一回犯られるのがおちだろうけどな」
「う、うぐ、おっ、お前は本当にひどい奴だな!」
やけになったようにまたザザは怒鳴った。
「オレはなッお前の奴隷を、た、助けてやったんだぞ! 言うなれば恩人だ! それをよくも……!」
正確にはレイネのところまで道案内した、だ。
だがそれが事実上のグラウスへの反逆であったことはティスも分かっている。
「あの、オルバン様…………ザザ様、本当によくして下さったんです……」
こわごわと、機嫌を伺うような目付きでティスは主人に言ってみた。


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