Don't Leave me ・2



「アシェン?」
「……あ、ごめんなさい」
気付けば黙り込んでしまっていたようだ。
何でもないというように言ってから、アシェンは改めてジラルドの整った顔を見つめる。
何とか名と住処を聞き出した後、家に帰ったアシェンはジラルドの話を家族にしてひどく怒られた。
アシェンが知らないだけで、ジラルドは町で有名な存在だったのだ。
それもいい意味ではなく、限りなく悪い意味で。
あの男は魔物と同じ、いやそれ以上に危険なんだぞと五つ上の兄が特にかんかんだった。
お前はお人よしだから付けこまれたんだ、もう二度と会うな、取って食われるぞとまで言われた。
だがアシェンはジラルドの、何者をも寄せ付けないようなその雰囲気に奇妙に惹かれた。
実際いざ会いに行ってみると彼はやや迷惑そうだったし、寡黙で表情がないので楽しいのか楽しくないのかほとんど分からない。
だけど家族の目を盗んでは会いに行く間に、アシェンも少しずつ彼の心の機微が読めるようになって来た。
ジラルドも今ではたまに相槌を挟みながら、アシェンの話を優しい目をして聞いてくれる。
時々短い感想を述べてくれることもあり、打ち解けてくれていることがごく単純に嬉しかった。
行商人の子とはいえ、アシェンが仕入れなどに出ることはほとんどない。
誰もが顔見知りの田舎町の人々はみな優しいが、ジラルドといると彼からしか得られない不思議な空気に浸ることが出来る。
住む世界が違うとは分かっている。
けれどジラルドは、素朴な町の人々がその時だけ人が変わったように悪し様に罵る凶悪な化け物などではない。
表情に乏しく、口数は少ないが、彼はとても優しい。
出来ればそれを、アシェンはみなに分かって欲しかった。
ジラルドにも、自分以外の人とも仲良くして欲しかった。
そうすれば彼の周りにある寂しそうな空気も消えてしまうのではないか、そう思って何度かそういうことを本人に言った。
だがジラルドは、お前の相手だけでオレには手一杯だとはぐらかしてしまうのだった。
「あ、もうこんな時間だ……いけない、そろそろ帰らないと」
ジラルドの家に来ていることは当然家族にも誰にもないしょである。
あまり長居は出来ないのが常なのだが、アシェンが立ち上がった瞬間ジラルドはこう言った。
「もう帰るのか?」
微妙に不機嫌そうなその声を内心不思議に思いながら、アシェンはこう説明した。
「あ、はい。今日はちょっと手伝いがあるって言われてるから」
にこっと笑い、彼は続けた。
「それじゃまた。パイ、食べちゃって下さいね」
そう言って立ち上がると、ジラルドも同じく立ち上がった。
整い過ぎた姿のせいか遠目にはあまりそう見えないが、彼はかなりの長身である。
すぐ側で見下ろされると、なまじの無表情のためか非常な威圧感を相手に感じさせる。
一瞬びくっとしてしまったアシェンに、ジラルドは静かな声でこう聞いた。
「次はいつ来る?」
「え?」
そんなことを聞かれたのは初めてだったので、アシェンは驚いて彼を見上げてしまう。
「あー……ええと、あさって、かな」
「そうか」
一言言って、ジラルドは再び椅子に座ってしまう。
戸口まで送ってくれるために立ったのかと思ったアシェンはまた驚いたが、他にどうしようもない。
「あ……、それじゃ、また、あさって。さようなら」
何か気に障るようなことをしてしまっただろうか。
さっきまでの自分の行動を振り返ってみながら、ちょっとしょんぼりした顔をして丘を下っていく少年をジラルドは窓からじっと三つの目で見送っていた。
「あさって?」
二つの人の目と、一つの魔をも従える凶悪な力を持った目が冷たくすがめられた。
「その次にはもう、来ないつもりなのか……?」


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