Don't Leave me ・3



***

約束の日、アシェンは少し不安な思いを抱えていつものように丘を登っていった。
ジラルドは一見近寄りがたい感じがするが、実はめったに怒ることなどない。
特におとといのように、別に何かした覚えもないのに機嫌を損ねる様子など見たことがなかった。
一体どうしたのだろうと不審に思いながら、アシェンはすっかり慣れた道を歩いて行く。
周囲にまるで無警戒なその背後に、音もなく忍び寄る影があるとも知らずに。
足元に自分以外の影が伸びて来たと、気付いた瞬間だった。
「あっ!?」
小さな声を上げたアシェンの腕に、顔に、何かごわごわとした毛むくじゃらの感触が絡み付く。
目元も同じもので覆われたと思った時、不意に目の前が薄暗くなった。
「あ、な、なにこれっ……」
声が上ずる。
四肢の束縛より先にアシェンを恐怖させたのは、視界が闇で閉ざされたことだった。
光を感じる虫程度の視界しか効かない。
毛むくじゃらの何かはもう目元から離れたのに。
視力を奪われた恐怖に立ちすくむ少年を、毛むくじゃらの何かが捕らえて引きずっていく。
「やっ…………ジラルドさん、ジラルドさん!」
夢中で何度も、一度は自分を救ってくれた男を呼んだ。
だが答えはない。
助けが来る様子もない。
「ジラルドさん! 助けて、ジラルドさん!」
見えない目を見開き、囚われた体を精一杯よじってアシェンは丘の上と思しき方向に声を張り上げる。
だがそれも虚しく、どこかの草地の上に彼はどさりと投げ出された。
うなり声のようなものがすぐ側から聞こえる。
野犬に襲われた、あの時のことを思い出しアシェンはぞっとした。
しかも相手はただの野犬などではない。
野犬に目元を覆っただけで視力を奪うような力はないはず。
多分魔物だ。
この近辺にはそうはいないはずだけれど、アシェンも旅人がやられたとかどこかの町が襲われたとか何度か聞いたことがある。
人里にごく近いところにも魔は潜み、無防備な人間を狩り取っていく。
だからこそ魔物を操る力を持つジラルドを人々は恐れるのだ。
だけど今のアシェンにとって、そのジラルドの力こそが頼みの綱だった。
彼が来てくれればきっと大丈夫。
「ジラルドさん、お願い!」
ふうふういう声と、生臭い息に泣きそうになりながらアシェンは彼を呼んだ。
「ごめんなさい、お、怒ってるの知ってるけど……謝るから、僕が何したか教えてくれたらちゃんと謝るから! だからお願いだよ、助けっ…」
衝撃がアシェンを襲う。
肌に浅い爪痕を残し、服が引き裂かれた。
「ジラルドさん!」
恐怖に駆られ、泣き叫ぶアシェンの体に次々と同じ一撃が加えられる。
「助けて! 誰か! 父さん、兄さんッ……!」
不恰好に体を丸め、家族を呼ぶアシェンの体はまたたく間に素裸に近い状態にされた。
薄い爪痕が無数にその肌に刻まれ、うっすらと血がにじんでいる。
がたがたと震えるその手足を、毛むくじゃらの何かが掴んでぐいっと大きく開かせた。
「やめて……」
焦点の合わない目で、アシェンは魔物がいると思しき辺りを見上げて懇願する。
「助けて。殺さないで。お願いだよ…………」
一瞬、ためらうような間があった。
しかしアシェンは解放されず、ただいきなり体をうつ伏せの状態にされた。
「うわっ!」
びっくりしているアシェンの足を、毛むくじゃらの感触が持ち上げ左右に開かせる。
腰だけ上げた四つん這いのような状態にされても、アシェンには恥ずかしいと思うことすら出来なかった。
「やめて、たすっ……ひいっ!」
ぴちゃっと音がする。
尻の狭間を何か、ぬるぬるしたものが這い始めた。


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