Don't Leave me ・7



「僕……」
つぶやいた声を追うように、アシェンの瞳からぽろぽろと涙が零れ落ちる。
その様を三つの目でじっと見ていたジラルドは、指先でそっと流れる涙を拭ってくれた。
だがアシェンは、触れられた瞬間びくっと身を引いた。
過敏な反応に気付いたジラルドの瞳がわずかに伏せられる。
「…………嫌か?」
小さな声に、アシェンは一瞬間を置いてぶんぶんと首を振った。
彼はジラルド、アシェンを守ってくれた人。
自分の体に何かひどいことをした、さっきの毛むくじゃらの魔物とは全然違うのに。
「ごめんなさい、ジラルドさん、僕…………」
「いいんだ。さあ、とりあえず、オレの家に戻ろう」
静かに言ったジラルドの手がもう一度伸び、軽々と裸のアシェンを抱え上げる。
アシェンも今度はおとなしくその腕に身を預け、目を閉じて下半身に残る痛みと……かすかなうずきに耐えていた。




家に戻ったジラルドは、まず清潔な水に浸した布でアシェンの体をきれいに拭いてくれた。
水は少し染みたが、全身に残った爪痕は思ったよりも浅い。
最初から服を脱がせることが目的だったとしか思えなかった。
「オレの服の替えだ。上着だけでいいな」
ジラルドが取り出した上着に袖を通すと、二人の身長差の関係でアシェンは小さな子供のように膝小僧を出した状態になる。
可愛らしい姿でジラルドのベッドに座ったアシェンは、どこかまだ夢を見ているようにぼんやりとしていた。
ギッ、とベッドが鳴る音にけぶった青い瞳を向ける。
ジラルドが寄り添うように隣に腰を下ろしたのだ。
彼の手にはいい香りのする茶の入った器がある。
「さあ、これを」
言われるままに受け取って、大好きなはずの茶に白い喉を機械的に鳴らす。
人形のようなしぐさを注意深く見やりながら、ジラルドは話を切り出した。
「何があったか、大体分かってる」
器を抱えたアシェンの手がびくっと震える。
「お前の周りと、お前自身に魔の気配が残っていた。……ひどい目に遭ったな」
魔奏者たる彼にはアシェンを襲った魔物のことが大体掴めているらしい。
なぜもっと早く……埒もない言葉を堪え、アシェンはぎゅっと目を閉じた。
時間が経って来るにつれ、我が身に降りかかった災厄の意味をおぼろげながらも理解してくる。
素直に食い殺された方がましだった。
「…………あの、魔物、は……?……」
「どこかへ去った。心配ない、もうこの周囲にはいない」
断言すると、ジラルドは空になった器をアシェンの手から取り上げる。
それを木卓の上に置き、また少年の隣に腰を下ろして彼は言った。
「どうする」
つぶやきに困惑して目を上げれば、赤い瞳がじっとこちらを見下ろしている。
「家族に言うか?」
ジラルドとしては饒舌に紡がれる言葉を聞きながら、アシェンは全身を震えが襲うのを感じていた。
両親に、兄に、町の人たちに、このことを。
「…………嫌……!」
膝の上で拳を握り締め、アシェンは強く言い切った。
「い、言えない、こんな、こんなこと……!」
「そうだろうな」
やはり静かにジラルドはうなずく。
「分かった。オレも誰にも言わない」
それを聞いて逆にアシェンははっとした。
思わず手を伸ばし、ジラルドの腕にすがり付くようにして懇願する。
「い、言わないで。誰にも言わないで!」
魔物に裸に剥かれ、体中を愛撫され、あそこの奥に汚いものを注がれたなんて。
ジラルドに知られてしまっただけでも恥ずかしくて恥ずかしくて、消えてしまいたいぐらいなのだ。
こんなことを他の人に知られたら生きていけない。
必死のアシェンの顔を見つめるジラルドの口の端に、一瞬暗い笑みが浮いた。


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