Don't Leave me 第二章・1



深夜の闇の中、狭い室内に縦幅をぎりぎりいっぱいまで使って収められたベッドの敷布がこんもりとふくれている。
中には淡い栗色の髪の少年が、両膝を立てた状態で座り込んでいた。
大きな瞳の縁を赤らめ、切なげに眉を寄せた様だけを見れば一見叱られて泣いているようにも思えるかもしれない。
「……んぅ……」
だが、敷布の端を噛んだ唇の隙間から漏れ出る声はそれにしては甘すぎる。
「ん、んっ……ふぁっ………」
こらえ切れなくなったように開いた口から布が外れ、かすかな喘ぎが静かな空気を震わせた。
途端に少年、アシェンは慌てて敷布を噛み直す。
少し怯えたようにきょろきょろと周囲を見回すが、とっくに日も落ちた時間だ。
行商人一家の朝は早い。
本来ならアシェンも眠りに就いている時刻だったが、最近彼はらしからぬ夜更かしを続けていた。
辺りを見回し、誰も起き出して来ないことを確認したアシェンの手は再び動き始める。
開いた足の間に入った指が、自らの性器を再びこわごわと握り締めた。
「ん……」
ぶるっと小さく震えてから、ゆっくりと上下に扱き始める。
非常につたない仕草で行われる自慰は、だが性器を扱くだけでは終わらない。
「ふっ……、う、ん………」
左手で前への愛撫を続けながら、右手を下方に滑らせていく。
刺激によって薄く口を開き始めた入り口を探るだけで、布を噛み締めた唇が震えた。
「……ん……っ」
耳の後ろ辺りで、自分の名を呼ぶ男の甘い声が聞こえた気がする。
性器への刺激だけでは得られない、背徳めいた悦びを得るやり方をこの体に教えた男の声だ。
寡黙で表情に乏しく、性的なことへの関心などないように思えていた人外の美青年、ジラルド。
あれは十日ほど前のことになるか。
いつものように彼のところに遊びに行ったアシェンは、途中で魔物に襲われ犯された。
事後駆け付けたジラルドは、そんな目に遭わされながらも与えられる快楽を覚えてしまったいやらしい体を慰めてくれたのだ。
「……あ……」
また唇から滑り落ちた敷布を何とか噛み直し、自分の先走りに濡れた指を奥へと導く。
くちゅ、と響いた湿った音がどうしようもなく官能を煽った。
どこをどうすれば気持ち良くなれるかは、もう大体分かっている。
ジラルドがしたように……けれど彼の顔を行為の最中脳裏に描くたび、アシェンの胸は罪悪感にうずいた。
初めてのあの日から数日後、結局またジラルドのところに行った。
いつものように話しをするために行ったつもりだったけど、本当の目的は自分でも分かっていた。
出来るだけ普段通りに振る舞っていたつもりだったけれど、ジラルドもそれを見抜いていたのだろう。
だから何かの拍子に話が途切れた瞬間、彼はいきなりアシェンの瞳を覗き込み言ったのだ。
して欲しいことがあるんじゃないか、と。
唐突な台詞に、アシェンは演技をすることが出来なかった。
顔を赤らめ、瞳を伏せればそれは答えたも同然である。
そもそも家に来た瞬間から、アシェンはジラルドの目をまともに見ることが出来ないでいたのだ。
様子がおかしいことはすぐ分かっただろうが。
おかしそうに笑ったジラルドに抱き締められ、口付けられれば、後は彼のなすがまま。
正常位で突きまくられ、声を嗄らしてよがり狂った。
事が終わってから、また優しい顔をしたジラルドは言ってくれた。
仕方のないことなのだから、いつでも求めてくれていいと。
でもアシェンは、そんな風に優しい彼だからこそますます思ってしまう。
これ以上ジラルドに迷惑をかけたくない。
彼を利用したくない。
だからこうして毎夜一人、ジラルドのところに行かずに自分で自分を慰めている。
以前までのように笑って楽しい話が出来るまで、出来るだけ会わないでおこうと決めていた。
兄のカルアンが彼に、弟は学校に行くなどと嘘をついていたこともある。
魔を操る能力を持つジラルドは今でも町の嫌われ者だ。
ほとぼりが冷めるまで少し訪問を控えた方が良いだろう。
そんなことを思いながら、アシェンは二本の指を揃えて自分の中に突き入れる。
ジラルドがしてくれたように、彼のことを思い浮かべながら。


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