Don't Leave me 第二章・3
父に似てすでに男臭さを漂わせつつある彼は、少々粗野な物言いの目立つ少年である。
五つ下の弟に兄貴風を吹かせ、小馬鹿にするようなことも多かった。
だが良くない噂のあるジラルドに対し、弟は遠くの学校に行くなどと吹き込んだのもアシェンを守ろうとしてのこと。
根は真面目で優しい、弟想いの兄なのだ。
「お前最近、あのジラルドのところに行ってないだろ」
名前をもろに出されては咄嗟に取り繕うことも出来ない。
うなだれてしまったアシェンの暗い顔を、カルアンは横から覗き込み自分も表情を曇らせた。
「ひどい顔して…………お前、そんなにあいつのことが好きなんだな」
好き、という言葉が強く耳に残る。
余計に顔を上げられない気持ちになったアシェンの横から、カルアンが立ち上がる気配がした。
「行って来いよ。にいちゃんが親父たちにはうまく言っとくから」
「え?」
驚いて兄を振り仰いだアシェンに対し、カルアンは訳知り顔でこんなことを言う。
「あいつも、俺がお前が遠くに行くって言ったら本当に傷付いた顔してたからな。無表情で、顔がいいだけに何考えてるのか分かんねえやな奴だと思ってたけど、お前のことをすごく大事にしてるのは分かったよ」
魔を操る能力を持つ、その気になれば何をしでかすか分からない危険人物。
この小さな村に暮らす者の常として、一家の長男として、カルアンは繰り返し魔奏者ジラルドの脅威を聞かされていた。
確かに彼は魔物を使うどころか、めったに人里に顔を出すことがない。
この村付近に魔物が出ることもないに等しい。
だがそれは魔奏者を恐れて近付かないからだろうというのが村の人々の中の定説だった。
人の軍隊を従えるように魔物を従え、巨大な帝国を築いた魔奏者も歴史にはいたと言う。
隠者のような暮らしにジラルドがいつ飽きるか分からない。
無理に追い出そうとすれば怒らせるかもしれないから、誰も手出しはしない。
だが出来れば早いところどこかに行ってくれないかと、皆腹の内では思っているのである。
そんな男がアシェンを救ったことに対し、カルアンは非常に複雑な気持ちでいた。
助けてもらったのは有り難いにしても、そこまでせっせと通わなくてもいいだろう。
増して通り一遍の礼を尽くすだけでなく、心底ジラルドに懐いている風なのを知ってはこれ以上放っておけないと思った。
お人よしで純粋な弟は、決して馬鹿ではないが疑うことを知らない騙されやすい性格なのだ。
自分はしょっちゅうアシェンをからかうカルアンだが、もちろん兄としての節度は守っている。
その点ジラルドは全く話が違う。
取って食われるぞ、と脅したのもあながち的外れではないはず。
アシェンはそんなわけないよ、と本気にせずに笑っていたが、カルアンは大真面目にそこまで心配していた。
だからそれこそ取って食われる危険を顧みず、こっそりジラルドの元を訪れた。
弟は遠くの学校に行く、もうあんたには会えなくなる。
あいつはあんたを傷付けたくなくて言わないでいるだけだ、だから急に来なくなっても恨むな。
一息にこう言った時、しばらくあ然としていたジラルドはやがてうつむいてじっと動かなくなった。
びくびくしながらカルアンが待っていると、長い沈黙の後彼はそうか、とだけ言った。
怖くなったカルアンはすぐにジラルドの家を去ったが、いつも無表情に近い彼が見せた沈痛な表情はしばらく胸に残った。
本当ならアシェンにもこのことを話し、にいちゃんが決着を着けた、もうあいつには会うなと言うつもりだった。
だけど予想よりもジラルドが衝撃を受けているのを見てしまったために、そこまで踏み切れなかったのだ。
悶々としている内に時は流れ、なぜかアシェンは自発的に彼のところに行かなくなった。
だがその後の元気のなさを見続ければ、頑固なカルアンの気も変わろうというものだった。
自分のおせっかいのために、二人の仲はぎくしゃくしてしまったのかもしれない。
当初の目的は果たされたと言えるかもしれないが、これでは後味が悪過ぎる。
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